
AIの登場により特許や論文、市場データといった膨大な量の横断探索が素早くできるようになり、R&Dの探索は格段に速くなりました。一方、候補が増えたからこそ、「どれを選び、どう事業に育てるのか」は、より重要になっています。
本稿では、2026年8月20日に開催されたDo! Solutions Webinar「技術の価値を、事業成長へつなげる実践アプローチ」をもとに、AI時代のR&Dが直面する「3つの壁」と、その乗り越え方を紹介。架空ケースでの議論と、電通の「R&D For Growth」を通じて、技術を事業成長へつなぐアプローチをひも解きます。
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第1章:AIで「探索」は進化した。その先に残る3つの壁
AIによってR&Dの探索はどこまで進化したのか、そしてその先に何が残るのか。AI活用の現在地を確認しながら、技術を事業成長につなげるうえで企業が直面している課題と、これからのR&Dに求められる視点について、電通の庭野から紹介しました。
特許・論文・市場データを、短時間で横断できる時代へ
庭野:R&Dにおける技術・用途探索は、AIによって大きく変わっています。特許や論文、市場・顧客データなどを活用し、自社の強みや技術動向、隣接市場の可能性を、より網羅的かつスピーディーに探索できるようになりました。
一方、ウェビナーの事前アンケートでは、AIやデータ活用について約半数の方が「まだ試行段階」と回答。活用は広がっているものの、事業成果として十分な手応えを得るまでには至っていない企業も少なくないことがうかがえます。
探索量が増えても、事業化の確率が自動的に上がるわけではない
庭野:AIによって、「調べる・広げる・候補をつくる」といった探索は、より速く、網羅的になりました。一方、候補を出すことと、事業として大きく育てることは別です。国内上場企業でも、機会探索からローンチに至るのは2%以下と推計されています。だからこそ今、「何を選ぶか」「どこなら自社が勝てるか」「どのように事業化するか」が重要になっています。
では、技術を事業成長につなげていく過程で、具体的に何が障壁になるのでしょうか。私たちは、企業が直面する課題を「基準の壁」「市場の壁」「組織の壁」という3つの壁に整理しています。
壁1:「基準の壁」 候補は出る。でも決められない
1つ目は「基準の壁」です。候補は出ても、自社なりの判断軸が曖昧で、絞れない、捨てられない、社内の共感を得られない。AIで大量の候補を出せるようになればなるほど、「何を満たせば自社なら成功できるのか」という評価軸が重要になります。自社だからこそ選ぶ理由をどこに置くかが問われています。
壁2:「市場の壁」市場は見える。でも勝ち切れない
2つ目は「市場の壁」です。市場が見えるようになっても、既存プレイヤーがいる中で、「オセロのどの角から取るか」という参入判断や、自社の強みが本当に武器になるかを見極める必要があります。また、AIによる分析・考察の同質化や、情報の恣意性をどう管理するかも課題です。だからこそ、自社の強みを活かして「どこなら勝てるのか」を見極めることが重要です。
壁3:「組織の壁」構想はある。でも動かせない
3つ目は「組織の壁」です。新市場への営業ルートや顧客導入のアセットがなく、既存の製造・営業・販売の仕組みに乗せにくい。さらに、R&Dから事業部への受け渡しでも、ミッションやKPIの違いが壁になります。だからこそ、組織間の壁を前提に、全社最適な意思決定に向けた合意形成をどう設計するかが重要です。
第2章:架空ケース「西洋マテリアル社」を3つの視点から読み解く
第1章で紹介した「基準」「市場」「組織」という3つの壁を、どのように乗り越えていけばよいのでしょうか。ここからは架空の素材メーカーを題材に、技術を事業成長につなげるために何が必要なのか、庭野、佐久間、牧草がそれぞれの視点からアプローチを解説しました。
議論の題材としたのは、架空の素材メーカー「西洋マテリアル社」です。売上2,500億円、B2B比率60%で、豊富な技術・特許を持つ一方、10年後の新規事業売上500億円という目標に対し、現状は10億円にとどまっています。こうした同社の事業・技術・顧客体験の状況を、以下のように設定しました。
さらに、こうした会社の状況を踏まえ、R&Dと事業部門の接続の難しさや、自社の「強みの技術」を規定できていないこと、潜在的な顧客ニーズを捉えた提案ができていないことなど、現場が抱える課題を設定。
これらの課題にどう向き合うべきか、3人がそれぞれの視点から解説しました。

① 技術視点から考える
製品と顧客・市場の「既存の紐づき」を剥がす
佐久間:まず着眼したいのが、製品と顧客・市場の紐づきをいったん剥がして考えることです。例えば、この西洋マテリアル社の主力商品であるベアリング。ベアリングは、サイズや形状によって用途も顧客・市場もかなり異なります。ですので、従来の観念での「ベアリング」と漠然と捉えるのではなく、既存の顧客や市場との結びつきから切り離すことで、新たな応用の可能性を広げていくことが重要です。
技術のスペック論から一段上がり、製品の裏側にある価値を捉える
もう一つ大切なのは、製品の技術だけを見て強みを規定しないことです。他社に模倣されることを前提に、製品そのものだけでなく、その周辺にある価値まで捉えていきます。
例えば、自社のベアリングの強みが「耐久性」だとすると。壊れにくいという特性から「メンテナンスまでの期間を長く取れる、稼働管理がしやすい」といった価値まで広げ、メンテナンス予知サービスなどと組み合わせることで、製品単体の価格競争から離れることもできます。「技術のスペック論から一段上がり」、ひとつ上の抽象度で「自社らしい技術」を捉えることが重要です。

② 事業視点から考える
「ありたき姿」から逆算して、技術を見る
庭野:西洋マテリアル社のような100年続く企業を見るとき、まず着目したいのは、企業の歴史の中で培ってきた成功体験や文化・価値観、オーナーシップという特性です。AIによって成長市場を容易に探索できるからこそ、「この技術で何ができるか」ではなく、「この会社は何になりたいのか」というありたき姿から逆算し、どの技術が光るのかを見ることが重要です。
技術を支える「企業活動全体」を競争力として捉える
次に見たいのが、技術を支える「関係資産・関連資産」です。評価技術や品質管理、ブランド力、製造の仕組み、顧客ニーズを開発へつなぐ仕組みなど、特許以外にも競争力は存在します。技術が「勝ち続けられる状態」をつくる企業活動全体を棚卸しすることで、新規事業に活かせる武器を広げることができます。
「100年勝ち続けてきた必然性」から次の100年を考える
そして最も見たいのが、「なぜこの会社は100年勝ち続けてこられたのか」ということです。技術だけでなく、顧客との向き合い方や品質へのこだわり、意思決定など、企業独自の文化が蓄積されています。何を受け継ぎ、何を変えるのか。新規事業を「次の100年をどうつくるか」と捉えることで、求められる事業の姿も変わってきます。

③ 顧客視点から考える
技術部門と事業部門をつなぐ「翻訳装置」をつくる
牧草:まず着目したいのは、R&Dに300名を抱えるなど、技術部門が強いことです。こうした会社ほど部門間の共通言語をつくりにくく、技術部門と事業部門をつなぐ「翻訳装置」が必要になります。組織が大きくなるほど、R&D内でも横の連携が難しくなり、組織の壁も大きくなります。
エンドユーザーとの距離から、自社の価値を捉え直す
卸・代理店の活用比率が60%と高く、エンドユーザーと直接関わる機会が少ないため、顧客がどのような課題を抱え、なぜ製品を選ぶのかが見えにくいという課題があります。その結果、自社が顧客に提供している価値そのものを把握しにくくなる可能性があります。
既存の顧客接点を「強み」と「制約」の両面から見る
重要顧客の設計部門近くに開発拠点を置き、顧客課題に対応しながら技術競争力を磨いてきたことは強みです。一方で、特定顧客への対応に特化することで、新規顧客の開拓が難しくなる可能性もあります。だからこそ、営業・販売システムも顧客視点で捉え直し、マーケティングの仕組みをどう活かすか、変えるかまで分析することが重要です。
3つの視点から西洋マテリアル社を見ていくと、同じ会社、同じ技術であっても、見る角度によって「強み」の捉え方が変わることが分かります。技術そのものだけでなく、それを支えてきた企業活動や、顧客との関係性まで視野を広げることで、これまで当たり前だと思っていたものも、自社ならではの競争力として捉え直すことができます。
つまり、「基準」「市場」「組織」の3つの壁を乗り越えるために、まず必要なのは、自社は何を強みとしてきたのか、なぜこれまで勝つことができたのかを改めて見つめ直すこと。そこから「自社らしさ」や「自社ならではの勝ちパターン」を捉えることが、次の事業を考える出発点になります。
では、こうして捉え直した「自社らしさ」を、実際の市場探索や事業化の意思決定にどう活かしていけばよいのでしょうか。
第3章:3つの壁を乗り越える「R&D For Growth」
「基準」「市場」「組織」という3つの壁は、別々の問題に見えて、実際には密接につながっています。自社の基準がなければ市場を絞れず、勝ち方が見えなければ、社内の意思決定も進みません。そこで、3つの壁を個別に解くのではなく、技術の価値を事業価値へ変え、事業成長まで一気通貫でつなげる電通のプログラム「R&D For Growth」について、牧草から紹介しました。
ブレークスルーポイント1:自社らしい「選択基準」をつくる
● 市場規模や成長率だけで候補を選ばない
● 技術だけでなく、企業活動全体からコアコンピタンスを捉える
● 「自社にとって良い市場」を選ぶための基準を先につくる
AIによって市場候補を数多く出せる今、重要なのは「なぜ自社がそれをやるのか」という基準です。技術だけでなく、歴史や文化、顧客に提供してきた価値まで含めて自社の強みを捉えることが、次の事業を選ぶ基準になります。
ブレークスルーポイント2:「広げる探索」から「勝てる場所を見つける探索」へ
● AIを活用し、市場や競合・協業先を広く探索する
● 自社の強みが最も効く市場を見極める
● 最後は「顧客が本当に求めているか」を検証する
AIが示す市場は「一般解」になりやすく、市場の魅力度だけでは差がつきません。だからこそ、AIで探索を広げながら、「自社固有の強み」と「顧客」を基準に、自社が勝てる市場を見極めることが重要です。
ブレークスルーポイント3:事業化までの「意思決定」を最初から設計する
● R&Dと事業部で異なる「判断に必要な情報」をつなぐ
● 誰を動かせば事業が動くのか、DMU(意思決定関与者)を明確にする
● 事業成長と意思決定を段階的に設計する
良い構想ができても、R&Dと事業部では判断に必要な情報が異なり、予算化や経営承認で止まることがあります。だからこそ、技術を単に「渡す」のではなく、事業化までの意思決定を段階的に設計し、最初から共有しておくことが重要です。
AIによって探索できる範囲が大きく広がったからこそ、最後に差がつくのは、「何を選ぶのか」「なぜ自社がやるのか」「どうやって動かすのか」という部分です。「R&D For Growth」では、これらを一連のプロセスとして捉え、技術探索で終わらせず事業成長までつなげていきます。
第4章:AI時代だからこそ、「企業固有のコアコンピタンス」から始める
庭野:R&Dと事業部では、背負っているものも、見ている時間軸や判断基準も異なります。ただ、これは単純な組織連携の問題ではありません。「自社の強みを絞れない」「市場を絞れない」「投資判断が難しい」といった課題も、実際には複雑に絡み合っています。
では、どこから解き始めるのか。重要なのは、「コアコンピタンスから始める」ことです。「自社は何者なのか」「何を強みとしてきたのか」「どのような開発競争なら勝ち切れるのか」を言語化できれば、その先の市場探索や意思決定にもつながりやすくなります。
AIによって候補を無限に出せる時代だからこそ、競争軸は「何を思いつけるか」ではなく、「何を選び、何を選ばないかを、自社なりに決められるか」へ。企業固有のコアコンピタンスを言語化・共有することで、AIも「一般解を出す道具」から「自社らしい探索を加速する道具」へと変えていくことができます。AI時代だからこそ、最後は企業の固有性に競争軸が戻ってくる。それが、今回私たちから最もお伝えしたかったことです。
まとめ:技術の可能性を、事業成長につなげるために
AIの進化によって、技術の用途や市場の可能性を探索することは、これまで以上に速く、幅広くできるようになりました。一方で、その可能性を「自社だからこそ勝てる事業」として育て、実際に動かしていくことには、まだ多くの壁があります。
「技術やアイデアはあるものの、事業化につながらない」「候補は出るが、どこに注力すべきか決められない」「R&Dと事業部門の連携が進まない」。こうした課題をお持ちの方は、ぜひ一度、自社の技術をどのように事業成長につなげられるのか、我々にご相談ください。














