不確実性が増すビジネス環境において、組織やチームのマネジメントがどうあるべきかを模索するリーダーが増えています。「組織の一体感が薄れているのではないか」「自由闊達な議論が不足していないか」ひいては「組織や事業の変革を進めにくい」など…。
こうした課題認識を持つ組織やチームのリーダー達が、今注目しているのが「哲学」です。欧州・北米のビジネスシーンでは、「哲学思考」で課題に対峙する企業が急速に広まっています。
今、なぜビジネスに「哲学」が効くのか。東京大学・総合文化研究科附属 共生のための国際哲学研究センター/特任研究員 堀越耀介氏と、電通でコーポレートブランディングを専門とする中町直太が、その概要を解説します。
※本ブログでは、2024年5月に開催したウェビナー『日本企業を目覚めさせる「哲学」の力とは!? 個人と組織のイノベーションに効く「問い」と「対話」』のエッセンスを再構成してお届けします。
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はじめに・変革を求められる時代、企業が直面する課題
中町:本日は「ビジネスで変革を成功させるための土台として、“個の意識改革”や“組織文化のアップデート”にもっと力を注ぐべきではないか?」という「問い」をビジネスパーソンの皆さまに投げかけるところから始めたいと思います。
イノベーションや改革を阻む「組織や個人」の壁
いくつかの興味深い調査データがあります。まず、企業のリーダーに対して「プロダクトのイノベーション活動に影響を及ぼしている障壁」が何かを聞いた調査結果です。リスクをとれるか否かを示す「社内のリスク選好度(の低さ)」、そして企業特有の「組織文化」が障壁として上位に挙げられている傾向が浮き彫りになっています。
また別のデータでは、近年のDX等の「改革」の取り組みにおいても、変化を受容できない個人や組織のあり方が、その成否に影響すると感じているリーダーが多いようです。
「変革への熱量が低い」日本の現場
最近重要なテーマであるESG経営の課題を見てみましょう。リソースの問題もさることながら、上位に一般職・ミドルマネジメント職がいかに理解し、実行できるかが大きな問題だと挙げられています。
しかし、最近、人的資本経営と言われている中でグローバル規模の意識調査によると、残念ながら日本の会社員は世界に比べて変革への熱量がそもそも低く、また社外学習や自己啓発を行っていない割合が高いことが傾向として見られます。
「自律的に問いを立て、探求する力」の育成
上司や会社から与えられた課題に対応するだけでは、組織や事業の「変革」は起こせません。イノベーションを起こすためには「本質を問う力」「当たり前だと思われていることを疑っていく力」が求められます。
これからのリーダーは、メソッドやツールの導入と同じくらい、その土台となる個人の意識改革や組織文化のアップデートにもっと力を注ぐべきではないか。私たちはそのような問題意識を持っています。
こうした問題意識を背景に、多くのリーダーたちに今注目していただきたいのが「哲学」です。ビジネスに資する様々な思考法がある中で、個人や職場組織に「自ら問いを立てて探求する態度」を育成する『哲学思考』のアプローチには、企業変革を成功に導く大きな可能性があると考えています。
「哲学思考」とは?
ビジネスに変革をもたらす実践的な思考
堀越:「哲学」と聞くと、小難しい顔で難解なことを議論するイメージを持つ方がいるかもしれません。
しかし、最初にお伝えしたいのですが、「哲学思考」は大学の教養科目で学ぶような「哲学思想」とは異なります。
「哲学思考」とは、「哲学的に考える方法」のことです。そして、それをビジネスや企業の文脈で活かすこと、「自ら問いを立てて探求する態度」を組織や個人に根付かせて、ビジネスに変革をもたらす可能性を高めることが期待されています。
今、「哲学思考」は世界のビジネス界で注目され、欧州や北米では「哲学コンサルティング」とも呼ばれています。
Appleや Googleでは「企業内哲学者」が活躍
欧州・北米では、フランスのマクロン大統領やアメリカの起業家ピーター・ティール氏など哲学を専攻した背景のある人が政財界のトップとして多く活躍しています。また、2000年頃から「哲学コンサルティング」が急速に広がり、AppleやGoogleでは「企業内哲学者(In-House Philosopher)」が雇用され、世界のビジネスリーダーから注目されています。
世界をリードするイノベーティブな企業では、事業の核となるビジョンやマーケティングを考える上で、哲学的な思考、対話術、表現方法、言語化する力などを磨くことが非常に重要だという認識が定着しています。
「哲学思考」はビジネスに何をもたらすのか?
では、具体的に「哲学思考」はビジネスに何をもたらすのでしょうか。
「当たり前を疑うチカラ」で、変革の力を創り出す
ビジネスで変革を起こすには、安易に分かったふりをしたり、どこからか知識を持って来るだけでは、革新的なアイデアにたどり着くことはできません。
「哲学思考」は、「なぜ?」「そもそも?」と、自分のわからない部分に「本質的な問い」を立てて、「当たり前」を疑い、批判的に考えるところから始まります。そして「自分が考えたいことを軸にして探求する」「答えのない課題に対応する」ことで、既存の概念にとらわれない思考が醸成されていきます。調べたり実験して答えを出す、あるいは理論立てて効率的に正解を求める論理的思考では得られない「変革の力」が創り出されるのです。
「自ら問う」体験で、オリジナルな思想をもたらす
イノベーションには企業独自のオリジナリティが欠かせません。「哲学思考」は、まず常識や普通を疑いそれを解体します。しかし、そこで終わりではありません。本質的な問いのもとでバラバラにしたものを、自分なりのやり方で自由に組み立てていきます。そうすることで、前例のない思想やアイデアを生み出しやすい土壌が創り出されます。
「自分視点で価値づける」ことで、イノベーティブな組織文化を醸成
「哲学思考」では、個人が「これを知りたい」と思う感覚を大切にして考えます。個々人が自らを動機づけていくので、自発的に「もっと考えたい!」と思えるようになります。そんな心の習慣を現場のひとりひとりが日々実行していくと、イノベーティブな組織文化の醸成につながります。
立場を超えた「対話」で、組織のコミュニケーションを改善
「哲学思考」は、お互いに「なぜ?」「そもそも?」と問い語り合う姿勢を生みだします。この「哲学対話」によって、同僚や上司・部下との相互理解が深まって、組織が活性化していきます。また、日々の業務の中で、仕事の意味や自分の役割を考え、己を見つめ直すことができるので、例えば離職防止にもつながります。
イノベーティブな文化が生まれ、企業が抱える課題を解決
本質的な思考から生まれた深くオリジナルな考えは、他社との差異化を可能にします。商品やサービスのコンセプト開発において強力な武器になるはずです。また独自の企業パーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の策定や浸透にも役立ちます。
本質的に問い、語る。「哲学対話」の企業導入事例
私(堀越)が企業のサポートに関わった事例を、いくつかご紹介します。
事例① 哲学対話コーチングでリーダーの意思決定をサポート
変革推進に悩むWEBサービス会社のCSO(Chief Strategy Officer)から「人がサービスを選ぶとき、どうすれば最高の選択をしたと言えるのか?」という非常に哲学的な問いが課題として提出されました。
このケースでは「そもそも選択とは何でしょうか?」「人がモノを選ぶときと、サービスや理念を選ぶときの違いはどこにあると思いますか?」など哲学的な視点から問いを立て、解決のヒントになるような本や思想家も紹介しながら対話を重ねることで、事業の課題が整理されていきました。
このように、外から様々な視点でインスピレーションを投げかける「哲学対話コーチング」は、アッパーマネジメントの視座を上げて、彼らの意思決定を良質なものにする効果をもたらします。
事例② 哲学対話ワークショップでチーミングを促す
リーガルテックのスタートアップ企業から「360度評価の定着と風通しの良い組織づくり」についてご相談がありました。このケースでは、事前に参加者に過去の360度評価で気になったことを書き出してもらい、気になったテーマについてワークショップ形式で問いを重ねていきました。例えば「積極的とはどういうこと?」といったことです。すると、個々人で「積極的」の解釈が異なることがわかってきます。
普段なんとなく使っている言葉の解像度が上がると、言葉に対する共通認識ができ、相互理解が深まります。また哲学対話は、「どんな問いを立ててもいい」という“知的安全性”を担保した中で話を進めるので、「何を話しても大丈夫」というマインドセットがなされ、立場を超えて考えていく姿勢を育むことができます。
このように、チーミングの課題を感じる企業が「哲学対話ワークショップ」を行い相互理解の対話を重ねることは、意思疎通の良い組織文化づくりに有効です。
事例③哲学対話ワークショップで社員の内発的動機づけを行う
大手企業の開発部門から「いくら新規事業の方法論やノウハウを伝えてもうまくいかない」というご相談を受けたケースでは、話を伺う中で、新規事業開発に際して圧倒的に欠けているのは土台の部分であることがわかりました。つまり社員が自分で考えて行動するためのマインドセットができていない、「そもそもこれでいいのか?」と問う力が足りない、という課題です。
そこで「新しいものを創造するって、どういうこと?」をテーマに哲学的ワークショップを行いました。一見、とても大きなテーマですが、分解すると「『新しい』とは何か?」「『創造』するとはどういうことか?」と問いを分けることができます。その各々の問いについて対話を進めました。このように問いを分解し、「そもそも」を問い、対話して深めていく手法は、プロダクトの開発やサービスの開発などにも応用されています。
哲学的な「問いと対話」のコツ
「問い」を重ねて、答えを見つける努力をする
言うまでもなく、「哲学的にわかる」ということは、学校のテストのように、問題があって正しい唯一の答えがわかるということではありません。私たちは答えがわかる問題にアプローチする方法は身につけていますが、「答えが一律に導けないことにアプローチする方法」は学んでいないのです。では、どうすればよいのでしょうか?そのヒントになるのが「無知の知(無知の自覚)」です。この言葉は「自分は何がわからないのか、がわかる」――そんなメタ的な視点に立つことの重要性を示唆しています。そして、わからないからこそ、考えようとするモチベーションが出てくるわけです。わからない状態を肯定し、チームで共有して、そこから考えるという「心の習慣」をつけていくのです。
様々なアプローチで問い、対話を深める
哲学対話を深めるには、様々な視点で問いかけをします。「そもそも〜とは何ですか?」「〜そうすべきですか?」「本当に〜ですか?」など、子どもでも投げかけられるような質問なのですが、私たち大人は、なかなかこうしたコミュニケーションをとりにくく、それが組織文化の活性化や新商品開発の障害になっています。日常でも「それってどういうこと?」と、お互いに言い合えるようなマインドセットをしておくと、コミュニケーションが円滑になり、新しいアイデアが出てくる助けになります。
言葉の意味を共有して、意識の統一を図る
「哲学的にわかる」には「分ける」ことが重要です。例をあげてみましょう。企業マネジメントの文脈で哲学コンサルティングをしていると「すべての部下と平等に接するべきだ」とおっしゃる方がいます。そこで「平等ってどういう意味ですか?」問うわけです。あるいは、もう一歩言葉にこだわって「平等は、公平とどう違いますか?」と踏み込んでみます。つまり、言葉にこだわると自分がわかる、それを表現すると他人にわかってもらえるようになり、組織全体として意思疎通ができるようになります。
哲学対話のルールを理解し、答えを探求する
哲学対話は7〜12人程度のグループで膝を突き合わせ、輪になって話し合いをします。この場は、単なる意見交換会でも、他方では、議論を闘わせる場でもありません。哲学対話の醍醐味は、「合意や結論は出ないかもしれないが、全員でそれを目指して問い続ける態度・姿勢」にあります。
企業で哲学対話を実施する場合は、参加する全員が次に示す6つのマインドセットをして臨むと良いでしょう。
ビジネスの様々な課題に、「哲学対話」アプローチを
継続的に企業パーパスを深化・発展させる、哲学の力
中町:今、日本では多くの企業がパーパス策定を進めています。しかし、それを組織や従業員に定着させるには、個々人のマインドセットや組織文化のアップデートが欠かせません。経営層・マネージャー・社員まで、ひとりひとりが本質的な問いを持ち、そこから生まれた熱い想いを語り合い企業のビジョンが深いレベルで共鳴してこそ、イノベーションを推進する力が生まれます。
電通は、様々な企業課題を解決するプログラムを多数ご用意していますが、今回紹介するのは「哲学対話」の力を凝縮した「マイパーパス策定プログラム」です。堀越耀介氏と電通が共同開発したプログラムで、企業パーパスの深化と共有をさまざまなアプローチでサポートします。
内容は、勉強会から始まり、哲学対話を活用したワークショップ、研修、各種ツールの制作、ひいてはマイパーパスの実行に関する様々な制度や施策の立案・実施まで、必要なものすべてが揃っています。個々の企業の状況に合わせたカスタマイズも可能でご利用いただきやすいサービスです。ご興味のある方は資料を無料でダウンロードできますので是非ご活用ください。
⇒ 【eBookダウンロード】哲学対話で人と組織を活性化する マイパーパス策定プログラム
「哲学対話」で解決したい組織の課題をご相談ください
電通は、商品コンセプトの開発、組織活性化、人材の能力向上、企業パーパスの策定など、様々な分野で「哲学対話」に基づいた支援が可能です。「相談してみたいが、問題点がはっきりしていない」そんな課題も哲学対話なら解決できるかもしれません。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。
