
世界のGDPの半分以上が、食料・水・素材・気候といった自然資本に依存しているという試算(※)があることをご存じでしょうか。企業のバリューチェーンに深く組み込まれている「自然」。今、これを経営リスクや機会として捉える「ネイチャーポジティブ経営」に注目が集まっています。
※出所:WEF「New Nature Economy Report 2020」(2020年1月)
しかし、サステナビリティ推進・経営企画・IR・広報などの担当者の方の中には、「ネイチャーポジティブという言葉は知っているが、自社事業との関係が整理できていない」「必要性は感じているが、社内で優先課題にならず後手に回っている」「気候変動への対応は進んでいるが、自然・生物多様性まで広げられていない」といった課題をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
ネイチャーポジティブ経営は、単なる環境対応ではありません。調達リスク、投資家評価、ブランド価値、将来の事業基盤に関わる経営テーマです。対応を後回しにすればリスクになりますが、早期に戦略へ組み込めば、事業成長の起点にもなりえます。
本記事では、ネイチャーポジティブ経営に関心のある方、経営の転換を目指す担当者の方に向けて、以下の3点をお伝えします。戦略立案の一助としてご活用ください。
● ネイチャーポジティブ経営の基本構造とTNFD(後述)との関係
● 自社の取り組みを「事業機会」に転換する3つの視点
● 実務で陥りがちな課題と、それを乗り越えるためのアプローチ
PROFILE
INDEX
「ネイチャーポジティブ経営」とは
世界規模で共有されつつある新たな経営手法
「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは、生物多様性の損失を止め、自然を回復させることで、社会・経済活動と自然の両立を目指す考え方です。2022年12月に採択された、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)(※)」では、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる方向性が国際的に共有されました。
※出所:環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(2022年12月)
「ネイチャーポジティブ経営」とは、こうした考え方を通じて持続可能な経済成長と企業価値向上を目指す経営手法です。環境省の「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025年~2030年)(※)」でも、企業規模を問わず事業継続性の確保や新たな事業機会の創出につながる重要な視点であると強調しています。
※出所:環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)」より
国際的枠組みの整備が進む
ネイチャーポジティブ経営の重要性が高まる背景には、国際的な制度・開示の枠組みが整い始めていることがあります。企業が押さえておくべき主要な国際フレームワークには、以下のようなものがあります。
| フレームワーク | 概要 | 企業への影響 |
|---|---|---|
| 昆明・モントリオール 生物多様性枠組(GBF) | 2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる方向性を示した国際的枠組み | 政府・企業双方に自然関連課題への具体的な対応を促す |
| EUタクソノミー | 「持続可能な経済活動」を見分けるための分類基準。民間投資家・消費者をグリーンウォッシュから守りつつ、環境面で持続可能な経済活動を分類・評価するための枠組み | 欧州で事業・取引・資金調達を行う企業では、投融資判断や取引先評価に影響し得る |
| 日本版サステナビリティ 開示基準(SSBJ基準) | ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)との整合を踏まえて開発された日本のサステナビリティ開示基準。気候関連の専用基準に加え、一般開示基準では生物多様性・自然関連を含むすべてのサステナビリティ課題が対象となり、自社に重要な影響がある場合は開示が求められる | 日本企業のサステナビリティ情報開示のあり方に影響する |
ネイチャーポジティブ経営が実現すること

ネイチャーポジティブ経営が実現することは、大きく3つあります。
●自然関連リスクの把握による、調達・事業基盤の強化
●自然への配慮を、顧客・取引先から選ばれる理由へ転換
●自然関連リスクと機会を、投資家に説明できる状態の構築
ただし、これらは自然保護活動を個別に積み上げるだけでは実現しません。自社と自然の関係を可視化し、経営判断・事業開発・ブランド・IRに接続することが必要です。守りのリスク対応と攻めの成長戦略を分けて考えるのではなく、一体として設計することがネイチャーポジティブ経営の本質です。
そのための実務的な手がかりとなるのが、次章で解説するTNFDとLEAPアプローチです。
ネイチャーポジティブ経営の羅針盤「TNFD」とLEAPアプローチ
TNFDとは
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、企業が自然資本や生物多様性に関わる依存・影響・リスクと機会を評価し、可視化・開示するための国際フレームワークで、2023年に最終版が公表されました。
※出所:環境省「TNFDv1.0概要」(2023年10月)
気候変動領域でTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が果たした役割と同様に、自然資本領域における経営・開示の共通言語になりつつあります。
TNFDとネイチャーポジティブ経営の関係
TNFDとネイチャーポジティブ経営は、「手段と目的」の関係にあります。TNFDは「現在地を把握するための地図」であり、この地図を使って、前章で示した3つの変化——調達の強靭化、ブランドへの接続、投資家との対話——を実現していくことがネイチャーポジティブ経営になります。
| 位置づけ | 役割 | 気候変動対策で言えば… |
|---|---|---|
| TNFD | 自社と自然の関係を「見える化」する羅針盤(手段) | TCFD(開示の枠組み) |
| ネイチャーポジティブ経営 | その羅針盤を使って事業成長に転じる経営姿勢(目的) | カーボンニュートラル(達成すべき状態) |
LEAPアプローチ:自然リスクを経営課題に翻訳する4ステップ
TNFDを活用するための具体的な手順として「LEAPアプローチ」が示されています。LEAPは、自然関連課題を特定・評価し、開示や対応策の検討に反映するための統合的なアプローチです。自社のどの事業・拠点・調達先が自然に依存しているかを把握し、その影響を評価し、経営判断に使える形へ翻訳するプロセスとして活用できます。

LEAPで可視化した情報は、次の3つの視点を通じて、事業成長の具体的な打ち手へと転換できます。
※参考:TNFD「Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approach」(2023年10月)
自然との関係を事業成長に転換する3つの視点
TNFD対応や自然関連開示は、規制対応として始まることも少なくありません。しかし、ネイチャーポジティブ経営の本質は、自然リスクを事業機会へ変えることにあります。ここまで見てきたありたき姿を実現するうえで、次の3つの視点が重要になります。
視点1:自然資本依存リスクを「調達戦略の強靭化」に変える
食品・飲料・素材・建設など、原材料を自然に依存する業種では、生物多様性リスクが調達リスクに直結します。サプライチェーン上の依存・影響を可視化することは、リスクの洗い出しにとどまりません。
安定的な調達先の確保、代替原料の開発促進、サプライヤーとの協働関係の構築といった「強靭な調達戦略」の根拠となります。
たとえば食品メーカーであれば、主要原材料の産地における生態系リスクをLEAPで可視化することで、代替調達先の開拓や契約農家との協働プログラム設計の根拠が生まれます。
視点2:「ネイチャーポジティブ」をブランドと顧客価値に転換する
消費者にとどまらず、取引先にも自然・環境への意識が着実に広がっています。「自然に配慮した商品・サービス」であることは、BtoCだけでなく、BtoBの取引基準にもなりつつあります。
ネイチャーポジティブの取り組みは、戦略的なブランド形成につながり、持続的に選ばれ続ける根拠になります。
BtoB企業においては、大手メーカーがサプライヤー選定基準に自然・生物多様性への配慮を加える動きも見られます。対応が遅れると、将来的に取引先評価や商談機会に影響する可能性があります。
視点3: ESGファイナンス・投資家対話での優位性を築く
機関投資家のエンゲージメント基準に、生物多様性関連の問いが加わりつつあります。TNFDに基づく開示は、「自社が自然リスクを経営に組み込んでいる」という意思表示です。
非財務情報の統合ストーリーとして設計することで、投資家との建設的な対話や企業価値への理解促進につなげることができます。
グリーンボンドやサステナビリティリンクローンでは、環境・社会課題に関するKPIの設定が重視されるケースがあります。自然関連リスクや機会を整理しておくことは、今後の資金調達の選択肢を広げる備えにもなります。
企業が直面する「5つのつまずき」

重要性はわかっているが、自社では進め切れない──その背景には、多くの企業に共通する5つのつまずきポイントがあります。
| つまずき | 起きている状態 | 対応ポイント |
|---|---|---|
| 1. 自社事業と「自然」の接点が不明確 | どの事業・拠点・調達先が生態系に依存・影響しているかが整理できず、プロジェクトとして起案できない | LEAPのLocateを起点に、バリューチェーン上の自然との接点を可視化する |
| 2. マテリアリティと活動が分断されている | 気候変動対応はCSR部門が対応しているが、自然・生物多様性の担当が社内で決まっておらず、重要課題が宙に浮いている | サステナビリティ課題を統合的に管理する司令塔機能を整える |
| 3. 経営アジェンダに上がらない | 事業インパクトが見えにくく、投資判断や資源配分につながらない | 自然関連リスク・機会を数字と言葉で整理し、経営層が意思決定できる材料に変換する |
| 4. 開示情報が投資家に伝わる形になっていない | データはあるが指標やストーリーが整理されず、開示が情報の羅列になっている | 投資家視点のリスク・機会ストーリーへ翻訳し、IR・広報と連動した開示設計を行う |
| 5. 単独部署では全社最適が難しい | 購買、事業、IR、広報、経営企画をまたぐ取り組みが必要だが、縦割り組織が壁になっている | 部門横断の推進体制をつくり、意思決定・実行・発信を統合するガバナンスを整える |
これらに共通するのは、「インテリジェンス・戦略・発信」の3機能が社内でバラバラに存在し、統合されていないという構造的な問題です。
ネイチャーポジティブ経営を本格的に進めるには、事業インパクトの可視化、経営判断につながる戦略設計、投資家や社会に届くナラティブ発信を一体で設計する統合アプローチが必要になります。
電通「サステナビリティ経営/事業 コンサルティング」が支援できること
動き始める前に確認してほしい3つの問い
動き始める際には、以下の問いから自社の状況を確認してみてください。
問い①: 自社のバリューチェーンにおける自然との接点を把握できているか
⇒ 接点が曖昧なままでは、リスクの特定や対応が後手に回るため
問い➁: ネイチャーポジティブへの取り組みが、経営戦略・IR・広報と統合されているか
⇒ 経営とのつながりが伝わらなければ、投資家や社会からの評価につながりにくいため
問い③: 自然関連リスクと機会を、数字と言葉で投資家に説明できるか
⇒ 投資家に説得力ある説明を行うため、経営視点のストーリーとして整理しておく必要があるため
「どれもできていない」「一部はできているが統合されていない」——これが多くの企業の実態ではないでしょうか。そして、社内だけで解決しようとすると、縦割りや認知バイアスの壁にぶつかり、対応が形式的なものにとどまりがちです。
電通が提供する統合アプローチ
電通の「サステナビリティ経営/事業 コンサルティング」は、「インテリジェンス・戦略・発信」を統合した伴走型の支援サービスです。
● 自社と自然の接点が整理できていない場合には、LEAPアプローチを活用したバリューチェーン分析を起点に、自然関連リスク・機会を事業戦略の言葉へ翻訳します。
● 経営戦略にネイチャーポジティブを組み込みたい場合には、「戦略クリエイティブディレクター(戦略CD)」を中心とした専門チームが、グランドストラテジーの策定から実行まで責任をもって伴走します。
● 投資家に「伝わる」開示ストーリーを設計したい場合には、IR・広報・広告を統合設計し、戦略とナラティブが一体となった「語れる開示」を構築します。
● 全社を巻き込んだ推進体制をつくりたい場合には、第三者の立場からファシリテーションを行い、縦割り組織の壁を超えた部署横断の連携を促進します。
電通の強みは、コンサルティングとコミュニケーション設計を分断することなく一気通貫でご提供できる点にあります。「戦略を作る力」と「伝える力」を統合することで、策定した戦略がそのままIR・広報・広告に展開され、ステークホルダーの共感を生む発信へと変換されます。
まとめ——ネイチャーポジティブ経営は、事業成長の「出発点」である
ネイチャーポジティブ経営は、制度対応の終着点ではありません。企業が自然と共生しながら持続的に成長するための出発点です。
TNFDを羅針盤として自社と自然の関係を可視化し、それを事業戦略・ブランド・IRに統合することで、初めて「攻めのサステナビリティ」として機能します。
重要なのは、何を語るかだけでなく、どのような経営の意思を込めて語るかです。その設計が、投資家・取引先・生活者・従業員からの理解を深め、これからの企業価値を支える土台になります。まずは自社の自然との接点を把握するところから、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
電通では、「まずは現状の課題を整理したい」「何から始めればよいかわからない」という段階からのご相談も承っております。非財務情報開示やサステナビリティ経営全般に関する関連記事もあわせてご覧ください。




