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      「インクルーシブ・マーケティング」がなぜ大きなビジネス成果を生むのか[後編]~1人への徹底的なフォーカス~

      電通ダイバーシティ・ラボが2017年8月に打ち出した新たなマーケティングコンセプト「インクルーシブ・マーケティング」。ダイバーシティ=多様性を前提とし、それをインクルージョン=包含することで、事業を持続的に展開していくことを目的としています。

      インクルーシブ・マーケティングの考えを満たした成功事例に触れた前編に続き後編では、インクルーシブな設計を生み出すにはどうすればいいかを電通ダイバーシティ・ラボの林孝裕さんに聞きました。イノベーションを起こすカギは、「1人への徹底的なフォーカス」にあるようです。

      前編はこちら

      PROFILE

       

      新しい仲間を作り、一緒に考えてもらう

      インクルーシブな設計を実現するには、高度なクリエーティブ能力が必要に感じます。そこはどうクリアすればいいでしょうか。

      林:そもそもインクルーシブ・マーケティングの「インクルーシブ」には、2つの意味が含まれています。1つはビジネスの対象として、特定の人たちを意図的にエクスクルージョン=排除しないという意味です。もちろん100%の人を含みいれるのは難しいですが、少なくともそれを目指しましょうという考えです。

      もう1つは、今まではユーザーになり得なかった人たちに、開発プロセスやマーケティングプロセスに入ってもらい、巻き込んでいこうという意味のインクルーシブです。新しい仲間を作り、一緒に考えてもらったり、重要なヒントをもらったりしようというわけです。

      クリエーティブというと、とかく自分たちだけで、AでもないBでもないCでもないとか、イノベーションを起こすにはどうすればいいんだとか、今まで誰もやってないことはなんだと頭を悩ませがちです。でも、それよりもまずは新しい仲間の意見をしっかり聞く。彼らが発する「こんなものがあればいいのに」とか「これはここが足りていない」といった声こそが、イノベーションのタネになり得ると考えています。

      そうした声を引き出すために、やるべきことは?

      林:まずは、今まで会ったことのない人に会ってみること。それが全ての出発点になると思います。

      「n=1」は本当に無視してもいいもの?

      林:たとえば障害のある方であれば、障害者という集団で解釈するのではなく、面と向かって話すことを通して1人の人間として向き合ってみる。もちろん、こちらの顔もきちんと出す。要はマジックミラー越しに調査するだけではだめだということです。その点、今はオンラインで会うこともできるので、ハードルは多少下がっているかもしれません。

      人ときちんと出会って会話をし、人間づきあいをする。それがインクルージョンの大きな入口となるし、インクルージョンを満たした設計のプロセスとしても重要になっていくでしょう。

      1人の人と向き合うことが、どう設計に繋がっていくのでしょう?

      林:僕らマーケターとしてやってしまいがちなのが、人ではなく数字で見てしまうことです。だから「●●と言っている人が1人います」なんて言うと、「え、たった1人?」と言われるのが常です。「n(サンプル数)=1かよ」と。でもその「n=1」って、本当は無視してはいけないものだと思いませんか。結局そこを無視している限り、絶対にインクルージョンは生まれないと思います。

      たとえば車いすに乗る人をインクルージョンする商品を作ろうとなった時、つい「車いすの人100人に聞きました」といった調査をやりがちです。そして「100人中●●人がこれがいいと言っていました」、というような商品を作る。でもそうすると、その100人の共通点である「車いすに乗っている」という事象のみにフォーカスがなされ、そこに当てはまらない人は無視することになります。また、本来は車いすに乗る人の中にはお肉好きも、旅行好きも、日本映画好きもいる。そうした「車いすに乗っている」ということ以外の一人ひとりの情報は無視してしまうことにもなります。

      そうやってできたものっておそらく、行なった調査の「100人中●●人」に当てはまらない車いす利用者の人にはもちろん、車いすに乗らない人にとっても無価値なものとなる可能性が高いのです。となると、世の中には広がっていかないですよね。

      他の人たちにも広く価値を提供するには

      林:そこで、今度は車いすに乗っているある1人に向き合ってみる。そして「もっとこうあって欲しい」「ここのデザインは■■柄にしてほしい」「こういう買い方ができるようにしてもらいたい」「あの映画に出てくる●●みたいにしてほしい」というニーズを深堀りしていく。

      本来1人の人の中には、車いすに乗っているという以外にも、そうしたさまざまな嗜好や求める条件がある。それらをきちんと満たすように設計していくからこそ、要は1人に徹底的なフォーカスをするからこそ、他の多くの人たちにも価値を提供することができる。だからビジネスとしても広がっていく。対象の人を集団としてとらえずに、1人の人間としてとらえること、n=1から始めることの大切さというのは、そこにあると思います。

      「他の人たちにも価値を提供できる」とは、具体的にどういう状態でしょう?

      林:たとえば私は最近、家でテレビを観る時に、あえて字幕の出るモードで観ることがあります。子供を寝かし付けた後は、音を小さくして観たいからです。だから字幕があるとすごく便利です。実際に字幕付きで観てみると、聞き取りづらい俳優さんのセリフもわかるし、「これはこんな漢字を書くのか」という発見もあったりします。

      それと最近は副音声がすごく進化しています。かなり幅広い番組で副音声が利用できるようになっているので、視覚障害者の方もテレビで情報が取りやすくなっているそうです。視覚障害者に限らず、テレビの副音声を楽しみながら料理を作る人がいたり、「わかりやすいから」と副音声の解説を聞きながらテレビを観る人がいたりと、実は副音声にも副次的な効果がたくさんあるのです。

      読める点字を起点にビジネスを生んだ

      電通社内でも何かインクルーシブ・マーケティング的な取り組みを行っていますか。

      林:いくつかありますが、代表例が弊社汐留ビルのエレベーターに「読める点字」を付けた取り組みです。もとから点字は付いていたのですが、はがれてしまっていても、多くの人が点字を読めないために気づけない。そこで社員の高橋鴻介さんがプロボノ活動(自分の専門知識やスキルを活かして行う社会貢献活動)で開発した、目で読める文字『墨字』と指で読む文字『点字』を組み合わせた書体「Braille Neue(ブレイル・ノイエ)」を、10基のエレベーターに付けました。

      電通社内エレベーターのボタンには、「読める点字」が施されている

      プロジェクトには見え方に違いのある視覚障害者4人の方にも加わってもらいました。各人にエレベーター含む社内を2時間ずつ探索してもらい、彼らが何を頼りに移動するのか、どんな情報が必要か、何を不便に感じるかといったことを検証しました。そこに社内のアートディレクターや施設管理チームを入れて、あるべきサイン計画を練り直し、「読める点字」の設置を起点にしたインクルーシブなサイン環境のリ・デザインを実施し、社員をはじめ社屋にいらっしゃるお客様にも積極的に発信しました。

      これにより、社員にダイバーシティ&インクルージョンの考えを広めながら、社内環境をよりインクルーシブなものに改善できました。さらにはこれが「ふだんクエスト」というリアルRPG型研修プログラムへと発展します。障害のある方々に様々な課題を見つけ出すセンサーを持つ高度なプレイヤーとして参加いただき、彼らリーダーと一緒に社内を探索し、「自動販売機で飲み物を買う」や「階段を上る」等々、ふだん何気なく行なっている行動を通じて会社に潜む「モンスター」を発見し、攻略するというゲームで、この枠組みを事業として社外のクライアントにも提供しています。

      「人間らしい」マーケティングを

      今後、インクルーシブ・マーケティングの価値を、社会にどのように広げていきたいですか。

      林:こうした取り組みは、ともするとすごく真面目に、お堅くやりがちですが、それでは知らない人に話を聞いてもらいにくくなってしまいます。参考にする成功事例のハードルが高過ぎて、そんなの真似できないと思われることも少なくありません。だから、そこをうまくゆるめたりハードルを下げたりしながら、広めていきたいなと考えています。

      ちゃんとしているけど、ゆるっとしていたり、柔らかい手法だったり、キャッチーだったりするもの。それでいて、実は今までにない視点だよねとか、これって面白いねと思ってもらえるものに、いかにスポットライトを当てていくか。そこはコミュニケーションの会社である私たちの使命かなと思っています。

      それと持続的成長だったり、みんなで共に幸せになっていくというような、今までのマーケティングに欠けている要素をきちんと組み入れ、概念を書き換えていきたいという思いがあります。マーケターってロジカルに数字をきっちりと見て、戦略的で、油断ならない人という感じに見えるかもしれません。でも本来は人付き合いが上手で、情にもろくて、みんなの幸せを考え続けるような人なんじゃないかと。

      そういう意味ではAIとかロジックといった部分と、人間らしさ・人間性みたいな部分を、AIマーケターと人間マーケターとでうまく協業させていけばいいのかなと考えています。そうやって人間がやるべきことってなんだっけ?というのをあらためて考え直し、付き詰めていく。それをインクルーシブ・マーケティングを通して実践していきたいと思っています。

      ※当記事は6月1日時点の情報を元に記事を執筆しております。

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