
新規事業への取り組みは、いまや多くの企業にとって経営の重要課題となっています。経済産業省をはじめとする国の政策でも、既存事業の枠を超えた新たな価値創出やイノベーションの推進が強く求められています(経済産業省:産業技術政策全般/イノベーション政策)。また、スタートアップ支援やオープンイノベーションの推進など、企業の新規事業開発を後押しする取り組みも拡大しています(経済産業省:スタートアップ政策)。
一方で、事業化までスムーズに進むケースは決して多くありません。企業の新規事業開発支援を多く手掛ける弊社の複数のメンバーにも、「社内でアイデアは出るが、どうやって決断し、進めるべきか迷う」「既存事業の延長線で考えてしまい、なかなか突破口が見つからない」といった声がクライアントから多く寄せられています。
新規事業は、既存事業に取り組むときのような確からしい正解はむしろ少なく、不確実な状況の中で判断を重ねていく取り組みです。そのため、手法やフレームワーク以上に、どこで・何を・どう判断するかが成否を左右する重要なポイントになります。
本記事では、事業開発を推進する部署・担当者の方に向けて、新規事業に取り組む前に共有しておきたい前提や多くの企業がつまずきやすいポイント、そして2026年を見据えた注目領域を整理しました。新規事業検討を前に進めるための「判断のガイド」としてご活用ください。
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新規事業とは何か──取り組む前に共有しておきたい3つの前提
新規事業に取り組む際、多くの企業ではまず「どんな進め方が正しいのか」「どんなフレームワークを使うべきか」を探し始める傾向があります。しかし実際には、方法論以前に「前提となる考え方や心構えを関係者間で揃えられているか」が、その後の進行を大きく左右します。
新規事業は、既存事業と同じ感覚で進めると、途中で判断に迷い、立ち止まりやすい取り組みです。だからこそ、着手する前の段階で「これはどういう仕事なのか」「何を期待すべきで、何を期待すべきでないのか」を、関係者の間で共有しておくことが重要です。 ここでは、新規事業に取り組む前に押さえておきたい、3つの前提を整理します。
新規事業は「正解を探す仕事」ではなく「仮説を検証」する仕事である
新規事業では、最初から正解となる答えを描くことはできません。市場や顧客の反応が見えない中で進める以上、事前に立てられるのはあくまで仮説です。重要なのは、その仮説が正しいかどうかを、小さな検証を通じて確かめていくことです。
計画の完成度を高めることよりも、「何を仮説として置き、何を確かめようとしているのか」が明確になっているかが問われます。この前提を共有しないまま進めてしまうと、「なぜ正解が見えないのか」「なぜ計画どおりに進まないのか」といった不満が生まれやすくなります。新規事業は、正解を当てにいく仕事ではなく、学習を重ねて前に進める仕事であるという認識が欠かせません。
既存事業の成功体験は、そのまま通用しない
新規事業を担当する際、既存事業での成功体験や実績が豊富であるほど、判断に迷いが生じることがあります。それは、これまで有効だった考え方や判断軸が、新規事業では必ずしも当てはまらないからです。既存事業は、ある程度先が見えている市場の中で、効率や再現性を高めていく取り組みです。
一方、新規事業は、そもそも市場や顧客の姿がはっきりしていない状態から始まります。そのため、「これまでうまくいったやり方」や「過去の正解」に引きずられると、新しい可能性を狭めてしまったり、判断を誤ったりすることがあります。新規事業においては、成功体験を一度脇に置き、今の環境・今の顧客に向き合って考え直す姿勢が前提となります。
新規事業は「成果」よりも「判断の積み重ね」が重要になる
新規事業の初期段階では、売上や利益といった成果がすぐに見えるとは限りません。それにもかかわらず、短期的な成果だけを求めてしまうと、判断が歪みやすくなります。
このフェーズで本当に重要なのは、
● 何を続けると判断したのか
● 何をやめると判断したのか
● どこで方向転換を選んだのか
といった判断の積み重ねです。
新規事業は、「必ず成功させる」ことを前提に進める取り組みではありません。むしろ、限られた時間とリソースの中で、どの選択肢を取り、どの選択肢を捨てるかを見極めていくプロセスだと捉える必要があります。この前提を理解しておくことで、新規事業における迷いや停滞を、次の判断につなげやすくなります。
新規事業が進まない理由──多くの企業が立ち止まるポイント
新規事業が思うように進まないとき、「アイデアが弱い」「担当者のスキルが足りない」といった個別要因に目が向きがちです。しかし実際には、そうした問題の多くは、能力そのものではなく、新規事業特有の進め方や判断の難しさから生じています。一見すると原因はさまざまに見えますが、多くの企業を見ていくと、立ち止まるポイントには共通点があります。新規事業が進まない理由は、概ね次の3つのパターンに集約されます。
新規事業が立ち止まりやすい3つのポイント
| 現場でよくみられる状態 | 立ち止まる理由 | 本来見るべき視点 | |
|---|---|---|---|
| アイデア先行で立ち止まる | アイデアの新しさや完成度について議論が続いている。 「もっと面白くできないか」「競合と差別化できているか」といった話題が中心になる。 |
アイデアを評価することが目的化し、何を確かめ、何を判断する場なのかが共有されていない。 そのため結論が出ず、次に進めない。 |
このアイデアで、どの仮説を検証したいのか。 次に進む/やめるを判断するために、何が分かればよいのか。 |
| 顧客理解が浅く立ち止まる | 市場データや想定ペルソナをもとに検討しているが、実際の顧客像や利用シーンは仮説の域を出ていない。 | 検証結果が出ても、 それが「意味のある手応え」なのか判断できない。 判断の拠り所となる理解が不足している。 |
顧客はどんな状況で、どんな選択肢と比較しているのか。 その行動や判断の背景を、どこまで具体的に捉えられているか。 |
| PoCで立ち止まる | 技術的・機能的な検証は成功している。 しかし「次に何を決めるべきか」が整理されず、議論が停滞している。 |
PoCの成功と、事業として成立するかどうかの判断軸が切り分けられていない。 事業化を判断する基準が定義されていない。 |
誰が、なぜお金を払うのか。 継続的に提供できる形になっているか。 スケールさせる条件がそろっているか。 |
重要なのは、「拙速に答えを求める」ことではなく、今どのポイントで立ち止まっているのかを把握し、次に必要な判断を見極めることです。
新規事業を前に進める基本プロセス──5つの判断フェーズ
新規事業では、「何をやるか」という作業の順番に目が向きがちです。しかし重要なのは、どの順番で、どんな判断を重ねていくかを整理することです。新規事業は、状況に応じて立ち止まり、考え直しながら進む取り組みです。ここでは、その流れを「作業」ではなく、5つの判断フェーズとして整理します。
新規事業を前に進める「5つの判断フェーズ」
| このフェーズで考えること | つまずきポイント | 次の判断につなげるためのポイント | |
|---|---|---|---|
| フェーズ1 テーマ設定 |
・どの領域をテーマにするのか ・なぜこの領域なのか ・なぜ自社が取り組む意味があるのか |
判断軸が定まらず、 後のフェーズで議論や方針がぶれやすくなる | 成長性だけでなく、自社アセットや戦略との接続点を言語化する |
| フェーズ2 仮説構築 |
・誰の、どんな課題を想定するのか ・顧客と対話するために、何を仮置きするのか |
仮説の正否にこだわりすぎ、顧客の反応を柔軟に取り込めなくなる | 仮説を検証対象としてだけではなく、対話の起点として捉える |
| フェーズ3 検証設計 |
・顧客との対話や検証を通じて、何を学びたいのか ・どんな変化が起きたら仮説を見直すのか |
対話や検証が点在し、次の判断につながらない | 学びを前提に、仮説を書き換える条件(ピボットの余地)を決めておく |
| フェーズ4 評価判断 |
・続ける/変える/やめるをどう決めるか ・判断の根拠は何か |
期待や感覚に引きずられ、判断が先送りされる | 仮説の変化も含め、判断の根拠を整理する |
| フェーズ5 事業化検討 |
・事業として成立するか ・誰が、なぜお金を払うのか ・スケールする条件はそろっているか |
PoC止まりになり、事業化の次の一手が見えなくなる | 提供価値・収益構造・拡張性を切り分けて整理する |
新規事業を前に進めるとは、これらの判断フェーズを一度で終わらせることではありません。各フェーズで「次に進むために何が判断できればよいか」を明確にし、判断を積み重ねていくことが重要です。
なお、仮説は必ずしも「正しさを検証するためのもの」とは限らず、顧客と対話し、反応を引き出すための仮置きとして立てられる場合もあります。対話を通じて仮説を書き換えながら進めていくとしても、その役割は一貫して次の判断につなげる材料をつくることにあります。

2026年を見据えて注目される新規事業領域とは
新規事業のテーマを考える際、「どの分野が当たりそうか」といった表面的なトレンド探しに終始してしまうことがあります。しかし、事業機会が生まれやすい「変化の方向性」を捉えることのほうが、より重要です。
2026年を見据えて注目される新規事業領域を、3つの「変化」から整理していきましょう。
● 社会構造の変化から生まれる領域
● 企業活動の変化から生まれる領域
● 顧客行動の変化から生まれる領域
以下、それぞれを簡潔に見ていきます。
社会構造の変化から生まれる領域
人口動態の変化や人手不足、働き方の多様化など、社会構造の変化は長期的に続く前提条件です。こうした変化が進むほど、既存の仕組みが合わなくなり、新しい役割や支援が求められる場面が増えていきます。
例:
● 人手不足を前提とした業務や生活の再設計
● 地域や世代間で分断された課題をつなぐ仕組み
● 高齢化社会に対応したサービスやインフラ
企業活動の変化から生まれる領域
DXやデータ活用の進展により、企業の業務プロセスや意思決定のあり方は大きく変わりつつあります。その過程で、新たな負荷や摩擦も生まれています。
例:
● 属人化していた業務や判断を整理・支援する仕組み
● ツール導入後に生じる運用や判断の負荷を軽減するサービス
● サプライチェーンやパートナー連携の最適化
顧客行動の変化から生まれる領域
現代の情報過剰な環境の中で、顧客は「選ぶ」「判断する」こと自体に負担を感じるようになっています。その結果、失敗を避けたい、判断をシンプルにしたいというニーズが強まっています。
例:
● 選択肢を整理し、判断を助けるナビゲーション
● 判断後の不安まで含めて支援する仕組み
● パーソナライズされた提案やサポート
注目領域は「当てるもの」ではなく「接続するもの」
これら3つの領域は、どれか一つを選べば正解というものではありません。重要なのは、自社の技術や知見、既存アセットと、どの変化をどう接続できるかを考えることです。次章では、こうした注目領域を踏まえながら、それらを自社の新規事業テーマにどう落とし込んでいくかを整理していきます。
注目領域を新規事業テーマに落とし込む考え方
前章で整理した注目領域は、そのまま新規事業のテーマになるわけではありません。 そのため、多くの企業が、「方向性は分かったが、自社として何をやるべきかが決まらない」という状態に陥りがちです。注目領域を新規事業テーマに落とし込むためには、視点を少し絞り、自社側に引き寄せて考える必要があります。ここでは、そのための考え方を3つの観点から整理します。
1. 自社として「賭けられる」テーマか
市場の成長性や話題性だけでテーマを選ぶと、後のフェーズで判断がブレやすくなります。自社として時間やリソースを投じる必然性があるかを問い直すことで、テーマは現実的な検討対象になります。
2. 既存アセットと接続できるか
技術やノウハウ、顧客基盤など、自社がすでに持っている強みと接続できるテーマほど、前に進めやすくなります。新規事業を「ゼロからつくるもの」と捉えすぎないことがポイントです。
3. 小さく試し、判断できる形に落とせるか
テーマが大きすぎると、検証に時間がかかり、判断が先送りされがちです。最初に何を確かめたいのかを明確にし、判断できる単位まで具体化できているかが重要になります。
ここまで見てきたように、注目領域を新規事業テーマに落とし込むとは、最初から答えを決め切ることではありません。むしろ、
● どこから試すか
● どこまで進めるか
● どの時点で見直すか
といった判断を重ねていくための、出発点を定める行為だと捉える方が適切です。
次章では、新規事業を進める中で、失敗や停滞を避けるために押さえておきたいポイントを整理していきます。
新規事業で失敗を避けるためのチェックポイント
新規事業は、不確実性が高い取り組みです。そのため、「失敗しない方法」を事前に用意することはできません。一方で、失敗や停滞につながりやすいポイントを避けることは可能です。ここでは、新規事業を進める中で、特に意識しておきたい3つのチェックポイントを整理します。
1. 初期フェーズで決めすぎない
早い段階で方向性を固めすぎると、後からの見直しが難しくなります。初期フェーズでは、修正できる余白を残すことが重要です。
2. 社内合意を後回しにしない
検討が進むほど、社内調整は難しくなります。誰がどこで判断に関わるのかを早めに整理しておくことで、後半の停滞を防ぎやすくなります。
3. 判断基準を言語化しておく
判断基準が曖昧なままでは、意思決定が感覚に引きずられがちです。何が分かれば次に進むのかを事前に言葉にしておくことが重要です。
失敗を避けるとは、「立ち止まらないこと」。ここで挙げたポイントは、成功を保証するものではありませんが、判断できずに停滞・頓挫してしまうことを防ぐためのヒントになります。
よくある悩みから考える、新規事業の現在地と次の一手
新規事業に取り組む中で、「進めてはいるが、判断に迷って前に進めない」という感覚を持つ担当者は少なくありません。ここでは、現場でよく聞かれる悩みをもとに、新規事業の現在地を整理し、次に考えるべき一手をQ&A形式で整理します。
Q1. テーマ候補はいくつか出ているのですが、どれも決め切れません
A. 判断軸が揃っていない可能性があります。テーマ選定で迷う場合、「成長しそう」「面白そう」「上から言われた」といった異なる基準が混在しているケースが多く見られます。重要なのは、自社としてなぜこのテーマに取り組むのかという判断軸を揃えることです。比較できる状態をつくることで、初めて次の判断に進めます。
Q2. 検証(PoC)は行ったのですが、その先に進めません
A. 検証結果を“判断”につなげる整理が不足している可能性があります。PoC止まりになる背景には、「何が分かれば次に進むのか」が事前に整理されていないことが少なくありません。検証は目的ではなく、判断の材料です。続ける・見直す・止めるために、何を確かめたかったのかを振り返ることで、次の一手が見えやすくなります。
Q3. 事業化するかどうかの判断で迷っています
A. 期待と事実が切り分けられていない可能性があります。事業化判断の場面では、「ここまでやったから」「将来性がありそうだから」といった期待が判断を難しくします。重要なのは、事業として成立する条件がどこまで満たされているかを整理することです。判断基準を言語化することで、迷いは整理できます。
ここで挙げた悩みは、個人のスキルやアイデアの問題ではありません。多くの場合、判断の整理が追いついていないだけです。新規事業は、正解を一度で見つける活動ではなく、迷いを言語化し、判断できる状態を一つずつつくっていくプロセスです。自分たちがどこで立ち止まっているのかを整理することが、次の前進につながります。

まとめ:新規事業は、アイデアではなく「判断の積み重ね」
新規事業が立ち止まりやすい理由は、アイデアや努力が足りないからではありません。多くの場合、どこで、何を判断すべきかが整理されていないことが原因です。
本記事では、新規事業が進まない構造を整理し、判断が止まりやすいポイントや、テーマ設定から事業化までを「判断フェーズ」として捉える考え方を紹介しました。また、2026年を見据えた注目領域や、それらを自社の新規事業テーマに落とし込むための視点も整理しました。
新規事業を前に進めるとは、最初から正解を描くことでも、一気に大きな決断を下すことでもありません。次に判断できる状態を一つずつつくり、判断を積み重ねていくことが、新規事業を前に進めます。
もし今、新規事業の検討が止まっていると感じているなら、まずは「どのフェーズで、どんな判断ができていないのか」を言語化してみてください。そこから見えてくる小さな一手が、次の前進につながるはずです。




