
情報量の増加とテクノロジーの進化により、人は爆発的に増えた情報の中から“見たいものだけを見る”時代になりました。企業が発信するメッセージも、従来のようには届きにくくなっています。
一方で、ARやAIなど表現の選択肢が広がり、誰もが手軽に一定水準のアウトプットを生み出せる環境も整いつつあります。その中で、改めて「記憶に残る体験や、人の心を動かすコミュニケーション」のあり方が問われています。
本記事では、2026年3月25日に開催されたウェビナーより、アイデアとテクノロジーで新たなブランド体験を実装する、電通のクリエイティブR&Dチーム「Dentsu Lab Tokyo」のメンバーによる講演内容を採録。情報過多の時代におけるコミュニケーションの変化と、テクノロジーを活用したクリエイティブの実践について、ダイジェストでお届けします。
PROFILE
INDEX
情報過多の時代、人の心はどうすれば動くのか
第一章では、Dentsu Lab Tokyo チーフディレクターの廣田から、情報過多の時代におけるコミュニケーションの変化と、人の心を動かすための考え方について解説しました。
記憶に残らない広告が増えている理由
さきほどこのウェビナーの冒頭で、皆さんに「今日起きてから今まで、覚えている広告はありますか?」と質問を投げかけました。その回答を見ると、「覚えていない」という方がかなり多くいるという結果になりました。これはまさに今の時代の特徴を象徴していると思います。
2004年頃を境に、人間が処理できる情報量は限界に達したと言われており、その後SNSや動画サービスが普及して、人々が日々触れる情報の量はさらに急激に増えました。
その結果、人は“自分が意識して見ようとしない情報は記憶に残らない”状態になっています。企業がどれだけメッセージを発信しても、そもそも相手に届きにくい構造になっている。この変化が今コミュニケーションを図る際の前提になっています。
テクノロジーの進化が“難しさ”を生んでいる
一方で、僕たち作り手側の環境も大きく変わっています。以前はテレビやグラフィック、Webといった限られた手段の中で表現を考え、発信していればよかったのですが、今はスマートフォンやSNS、AR・VR、生成AIなど、使える技術が一気に増えています。これはコミュニケーションの可能性が広がると同時に、作り手が何を選び、どう使うかを今まで以上に広く深く考えなければいけなくなっているということを表しています。
つまり、相手に伝えるために単に「良いものを作る」だけではなく、何を用いてどう設計するかそのものが問われる時代になっている。僕たち作り手がやるべきことは確実に増えていて、その難易度も上がっていると痛感しています。
AI時代において「平均」は最も避けるべきもの
さらにこれからの時代は、AIによる情報や表現の均一化が進んでいきます。生成AIを使えば、ある程度のクオリティのアウトプットは誰でも作れるようになりますが、その分、似たような表現が増えていきます。つまり「平均的であること」「一般的であること」は、むしろ人の心を動かすような価値を持たなくなっていくと考えられます。
だからこそ、これからは“普通であること”が最も避けるべき状態になります。どこかで見たことがあるような表現ではなく、違いが際立つもの、ユニークネスのあるものをいかに生み出すかが、とても重要になってきます。
「伝える」から「体験へ」という発想転換
では、どうすれば人の心を動かせるのか。僕たちは、単に情報を伝えるだけではなく、それを“体験に変換すること”がカギになると考えています。ストレートなメッセージだけでは届きにくい時代だからこそ、伝えたい価値を記憶に残る形に変えていく必要があります。
その考え方は、「金継ぎ」に例えることができます。金継ぎとは割れた器を漆で接着して金粉で装飾し、そのオンリーワンの美しさを愛でる日本の伝統技法。そこにあるのは、壊れたものをただ修理するだけではなく、その痕跡を価値として活かすという発想です。単なる問題解決ではなく、新しい意味や体験を加える。この考え方を、僕たちは「Playful Solutions」と呼んでいます。「Playful Solutions」によって加えられた、ちょっとしたワクワクや忘れられない体験こそが、これからの時代において人の心を動かす重要な価値になると考えています。
テクノロジーでブランド体験を実装する「Dentsu Lab Tokyo」
テクノロジー起点でブランド体験を実装するチーム
僕たちDentsu Lab Tokyoは、一言でいうと、「テクノロジーを起点に新しいブランド体験をつくるチーム」です。コンセプト設計から実装までを一気通貫で担いながら、クライアントや社会の課題解決に向き合っています。2015年に約10名でスタートした組織ですが、現在では170名規模まで拡大し、さまざまな専門性を持つメンバーが集まっています。
クリエイティブディレクターやプランナーだけでなく、エンジニアやアートディレクター、プロデューサーなど、多様な職能が一つのチームとして動いているのが特徴です。単なる制作チームではなく、課題解決から実装までを横断する存在です。
クリエイティブテクノロジストという中核人材
その中でも、僕たちのチームの特徴的な存在が「クリエイティブテクノロジスト」です。これは、アイデアの仕事におけるテクノロジーの責任者であり、企画と実装の両方を担う役割を果たします。テクノロジーを専門領域として閉じるのではなく、あくまで「アイデアを実現するための手段」として使いこなすことを重視しています。
テクノロジーが特別なものではなく、コミュニケーション設計において当たり前の要素になっている今だからこそ、使えるものはすべて使うというスタンスで、「発想と実装をつなぐ役割」を果たします。
「クライアントワーク」と「R&D」を往復する
Dentsu Lab Tokyo のもう一つの大きな特徴が、「クライアントワーク」と「R&D」を行き来している点です。
クライアントとご一緒するプロジェクトでは、マスコミュニケーションやイベント演出、テクノロジーコンサルティングなど、さまざまな領域で課題解決を行っています。
その一方で、メンバーは自主的にプロトタイプ開発にも取り組んでいます。自分たちが興味のある領域を先回りして検証し、そこで得た知見を実務に還元する。そして実務で得た知見を新たな開発につなげていく。この往復によって、スキルや発想の幅を広げているのが、僕たちの強みです。
プロトタイプから価値をつくるアプローチ
また、僕たちは、頭の中だけで考えるのではなく、実際に手を動かしてプロトタイプをつくることを重視しています。プログラミングや機械工作なども含めて、自分たちで形にしてみることで、はじめて見えてくることが多いからです。
新しい取り組みを進める際には、プロトタイプを通じて先に試し、「失敗すること」も含めて検証を進めることで、不確実性を減らします。
クライアントと密に合意形成を図りながらプロジェクトを前に進めていく。このプロトタイプベースの進め方が、テクノロジーをブランド体験の実装にまでつなげる重要なプロセスだと考えています。
マス×テックで人を動かすコミュニケーション
第二章では、Dentsu Lab Tokyoのクリエイティブディレクターである大瀧から、マスとテクノロジーを掛け合わせたコミュニケーション設計と、その実践事例について解説がありました。
変化と複雑化に向き合うためのアプローチ
僕たちにご相談いただくケースで多い場面は2つあります。「何か新しいチャレンジをしたいとき」と、「課題が複雑化しているとき」です。
例えば、毎年やっている施策でも、今年は変化を加えたいというタイミングや、やるべきことが増えすぎて全体の印象がぼやけてしまっているようなケースです。
そんな場面で重要なのは、単に施策を増やすことではなく、体験としての“核”をつくることだと考えています。何が一番印象に残るのか、どこに人が惹きつけられるのかを設計することで、複雑な課題でも一つの強い体験にまとめていくことができます。
具体的な事例をご紹介しましょう。
パルコ事例|差別化は「体験化」から生まれる
パルコさんのグランバザール・キャンペーンでは、グランバザールの話題化と来客増という課題に対して「日本の正月を圧倒的に明るくする」というコンセプトを掲げました。その中で重視したのは、単に人気のあるタレントを起用するのではなく、どうやって体験に変換するかという点です。
松平健さんは非常に魅力的な存在ですが、そのままではパルコの差別化にはつながりません。そこで「3Dマツケン」という形にし、ARや店舗、SNSなどを横断しながら、ユーザーが“遊べる存在”としてキャラクターを設計しました。見るだけでなく、触れて、共有してもらうことで、体験として広がっていく設計にしています。
ユーザー文化とブランド文脈を掛け合わせる
この施策では、インターネット上の“愛のある雑コラ文化”にも着目しました。雑コラ文化とは、素材を大雑把に切り出して作られたコラージュでネタを楽しむ文化のことですが、ユーザーが自由に遊びたくなる余白をあえて残したことで、自発的な拡散につながっていきました。パルコの語源が「公園」であることから、人が集まり楽しむ“お祭り”というコンセプトにもマッチし、ブランド体験の増幅にもつながりました。
ブランドが本来持っている意味と、ユーザーの行動や文化を掛け合わせると、無理なく広がる体験が生み出されます。その結果、このキャンペーンはSNSでの話題化だけでなく、来場や売上といった成果にもつながっていきました。
セイコー事例|場所の価値を拡張する
セイコーグループさんの事例では、ブランドを象徴するSEIKO HOUSEのウインドウディスプレイを起点に、テクノロジーで体験を拡張していきました。従来はビルのディスプレイだけで完結していた演出を、AR技術を使うことで街全体へと広げていく発想です。
銀座四丁目の交差点全体をひとつの体験の場として設計することで、その場にいる人が参加できるコンテンツへと変えていきました。既存の資産や場所をどう拡張するかによって、新しい価値を生み出すことに成功した事例です。
プロトタイピングでプロジェクトを前に進める
このような新しい取り組みを進めていく際には、「アウトプットのイメージがつかない」という不安が生まれやすくなります。そのため僕たちは、初期段階からなるべくビジュアル化し、プロトタイピングを通じて合意形成を図ることを重視しています。
例えばパルコさんの施策では、初めて松平健さんとお会いしたタイミングで、その場でスマートフォンを使ってスキャンを行い、「3Dマツケンがこういう形で出てきます」とプロトタイプを共有しました。実際に見ながら認識を揃えていくことで、関係者と並走しながらプロジェクトを前に進めています。
AI×データとリサーチで顧客体験を拡張
第三章では、Dentsu Lab Tokyoのクリエイティブテクノロジストである村上から、AIやデータ、リサーチを起点としたクリエイティブの考え方と実践について解説がありました。
企業データはユニークな価値の源泉になる
僕が普段意識しているのは、「企業が持っているデータそのものにユニークネスがある」という点です。どの企業にも固有のデータが存在していて、それは見方を変えると、その企業にしかないストーリーの源泉になります。
ただ、そのままでは単なる数値の集まりに過ぎません。それをどう扱い、どう表現するかによって、独自の意味や体験に変換することができる。データをクリエイティブに昇華することで、その企業ならではの“生きた情報”として伝えることができると考えています。
データに“体験”を与えることで伝わり方が変わる
例えばJAXAさんとのプロジェクトでは、地球観測衛星のデータを活用し、温室効果ガスや降水量などを映像と音で表現するデータビジュアライゼーションに取り組みました。もともとのデータは数列で、そのままでは直感的に理解するのが難しいものです。
そこで可視化に加えて「音」を組み合わせてみたところ、データが一気に“語りかけてくる”感覚に変わりました。こうした表現を実現するために、データの専門家だけでなく、アートディレクターや音楽家など、さまざまな専門性を持つメンバーと協業しています。データに体験性を持たせることで、伝わり方そのものが大きく変わると感じています。

https://www.jaxa.jp/projects/sat/gcom_w/
AIによってデータとの新しい接点をつくる
味の素(株)さんとの取り組みでは、レシピデータの活用方法を再設計しました。膨大なレシピが存在しているものの、その多くがユーザーとの接点を持たずに埋もれていたためです。そこで、レシピを人格化し、会話できる形にすることで、ユーザーとレシピをマッチングして自然に興味を持ってもらう仕組みをつくりました。
AIを使うことで、データは単なる情報ではなく、インタラクティブな体験へと変わります。どう出会うか、どう関わるかまで設計することで、データの価値を引き出すことができると考えています。
リサーチがクリエイティブの起点になる
もう一つ重要なのがリサーチです。僕たちは、アイデアを考える前に、当事者の理解や技術の可能性を徹底的に調べることを大切にしています。
「オノマトレンズ」というプロジェクトでは、「聴覚に障がいのある子どもたちが、音をオノマトペで学んでいる」という発見と、「環境音をリアルタイムで認識できる技術」の発見、この2つを組み合わせることで、音の概念を学ぶために環境音を漫画の擬音で可視化するという企画が生まれました。
リサーチは遠回りのように見えて、実は最短で価値にたどり着くためのプロセスです。今だからこそできることを見極め、それを体験として社会に実装していく。この積み重ねが、新しいクリエイティブにつながっていくと考えています。
まとめ
本ウェビナーでは、情報過多の時代におけるコミュニケーションの変化を起点に、テクノロジーとクリエイティブを掛け合わせた各種の取り組みが紹介されました。従来のように情報を届けるだけではなく、体験として設計することの重要性や、その実現に向けた具体的なアプローチが共有されました。また、AIやデータの活用、リサーチを起点とした発想、さらにプロトタイピングを通じた検証プロセスなど、アイデアを実装までつなげるための考え方も示されました。これらはマーケティングに限らず、新規事業開発やサービス設計など、幅広い領域で応用可能な視点といえます。特に、既存の施策やデータをどう活かすか、あるいはテクノロジーをどのように組み合わせるかに課題を感じている場合、本記事で紹介したアプローチは一つのヒントになるはずです。
Dentsu Lab Tokyoでは、テクノロジーを活用した顧客体験の創出や、自社データの活用、アイデアの具体化に関する取り組みについて、無料相談会を受け付けています。
初期検討の段階からでも相談可能ですので、関心のある方はぜひご活用ください。













