PDMウェビナー3日目の同セッションでは、卓越した発想力でデータを駆使し、さまざまな事業課題を解決してきた3名の電通メンバーが登壇。データの多様化・複雑化が進む中、「データとの向き合い方」の思考とヒントについて語ります。
自社のビジョンやブランドがもつ哲学を顧客が必要とするサービスに昇華し、社会をよりよくしていくために真に必要なデータとは何なのか、そして電通が考える“クリエーティビティ”とはどのようなものなのでしょうか。
以下に、Do!Solutions編集部がセッションの内容をまとめます。
「People Driven Marketing® 実践ウェビナー2020」概要はこちら
大島:「データの未来、クリエーティビティで社会と事業を変えていく」は、パネルディスカッション方式で進めさせていただきます。登壇者は、電通 第1CRプランニング局クリエイティブディレクターの池田一彦、電通 第4CRプランニング局クリエイティブディレクターの志村和広、電通 第1統合ソリューション局でソリューションディレクターを務める私、大島聡です。
今回のセッションでは、どんなメソドロジーに関しても、「そもそも企業としてどうしたらいいか」「どうやって使いたいのか」という目的意識の明確化をもっとも重要なポイントとして進めていきます。
当たり前だ、と思われるかもしれませんが、実際には、目的が曖昧なまま安易な手法論に走ってしまい、いろいろなデータを見てはみるものの、そこから何がわかったのか、それが何にどのようにつながっていくのかがわからず、ビジネスの役に立っているかどうかもわからないという場面は、日々、散見されるのではないでしょうか。
今日お話ししたいのは、こうした手法に対して企業として確固たる活用目的があることを前提としつつも、各企業のビジネスが良くなるために「本当に見るべきデータは何なのか?」ということ。もうひとつは、電通として考えている“クリエーティビティ”について。現在のマーケティングの世界、特にデジタル領域において「クリエーティブ」の定義は、最適化の対象となる広告素材、打ち手と呼ばれる表現・施策等の狭義で語られることが多いですが、広義で語る“クリエーティビティ”は、表現領域にとどまらない、社会や事業変革につながる「着眼点」に対して発揮されるもの、として我々は捉えています。
つまり、既に世に語られている手法論だけにとらわれることなく、ビジネスを、社会をより向上させるためには、データに対する見方やアプローチそのものを変える必要があるのではないか、そこに電通ならではの“クリエーティビティ”が発揮される場面があるのではないか、ここに目を向けていただくことを本セッションのテーマとしています。
クリエーティブディレクターである池田と志村は、まさにクリエーティビティあふれるデータ活用によって、新しい取り組みを実現してきた2人です。
池田:電通のフューチャークリエーティブセンターは、その名の通り「未来を作っていく」「クリエーティブしていく」という意味合いのメンバーが集まったセンターです。そこで僕と志村はクリエーティブディレクターをやっています。今よく言われている“非連続のイノベーション”をテーマにしていて、飛躍可能性それ自体をどうやってデザインするか、ということがミッションです。
たとえば、「OPEN ROAD PROJECT」というトヨタのプロジェクトでは、街の空きスペースをデータ化して駐車場に活用しました。また、遺伝子データをもとに最適なグラフを作ったり心電図データをビジュアル化したりする「HAMON」、日経平均株価と連動するコーヒーブレンドマシン「NIKKEI BREND」を手がけています。
サービスで得られたデータを社会に役立つ研究に
池田:今日はデータの未来、クリエーティビティ、社会と事業を変えていくというテーマですが、そもそも「データの未来」とは何でしょうか。
Googleは、世界中のすべてをデータ化してアクセス可能にしていくことをミッションにしています。しかし、まだ世界の99%はデータ化されていないし、人間の99%もまだデータ化されていないと僕たちは思っています。今わかっている1%のデータで最適化することも重要ですし、その一方で未知の99%を開拓することも大切です。僕たちは、“99%の未知の領域”をやっていこうとしています。一例として、生体データを活用したオーダーメードペットフードのサブスクリプションサービス「BODY CALL」をご紹介します。
出典:BODY CALL
ここでは、腸内フローラのデータを使っています。腸内フローラは、肥満の原因、アレルギー自閉症などと関連していることから「第二の脳」と言われています。そのデータに着眼して、愛犬の腸内環境に最適な食事を作るのが「BODY CALL(ボディコール)」です。電通が事業主体としてやっているプロジェクトですが、「Cykinso(サイキンソー)」という腸内フローラ解析のベンチャーとタッグを組んで、食事プログラムを作りました。
サービスとしては、まず愛犬の便を採集し、それをDNA解析することで腸内フローラを調査。その上で腸内フローラの「型」を判定して、その型に応じて菌を配合していき、ペットフードを開発します。オーダーメイドフードの提供によって、加齢とともに変化していく部分を一生にわたって見ていくというサービスです。
このサービスで、僕たちは腸内フローラのデータを基点としてUXをパーソナライズしていく、UXデザインをクリエーティブディレクターとして担当しました。
また、販売解析、レシピ開発、フード製造、フルフィルメント、配送、問い合わせ対応といったサプライチェーンをスピーディに作って、有料モニターに向けて実証実験をしました。結果的に、CPA(獲得コスト)は当初の事業計画の半分ほどの数値を実現。サービス継続率も半年後に50%と、このようなサブスクのモデルとして良い数字が出たと思っています。
このサービスの先にあるチャレンジについてもお話しさせてください。実は、腸内フローラと食の関係はまだ解明されていない部分もたくさんあります。なぜかというと、人はいろいろな物を食べたり飲んだり、日々の食生活がバラついているため、腸内フローラと食の関係を解明する研究は進みづらいからです。
そこで毎日同じものを食べるペットで解析モデルを作って、人に返していくシステムを目標としています。人と犬の腸内フローラの構成菌は、72%以上が類似しているため、ペットの解析モデルを人に応用することができると考えています。ある企業とアライアンスを組んで、ペットフード事業を本格的に展開する予定です。また一方で、パーソナライズD2Cも狙っています。
過去に「マスプロダクト×マスコミュニケーション」の時代があり、今は「マスプロダクト×One to Oneコミュニケーション」の時代になってきています。そして、近い将来、「パーソナライズプロダクト×One to Oneコミュニケーション」の時代になっていくでしょう。そのときに、この直販モデルのパーソナライズD2Cが重要になると考えており、そのシステムおよびUXの開発をクライアントのみなさまにもサポートしていただくような実験でもあります。
職人の経験をデータ化してAIに活用
志村:ここからは私がやっている最新の事例として、「ツナスコープ」をご紹介します。「ツナスコープ」はマグロの目利き職人のAIです。大量のマグロの尾の断面画像をディープラーニングすることによって、職人の暗黙知を習得し、アプリで品質判定ができるようになります。
出典:TUNA SCOPE
「なぜ電通がマグロ?」と思われるかもしれません。実は、私は釣りが趣味で、子どものころからマグロが好きでした。あるときマグロを買って食べたときに、「おいしくないな」ということがあり、「この当たり外れは何とかならないか?」と考えたところが出発点です。
ある日テレビを見ていたとき、築地から豊洲への市場移転のニュースが流れ、マグロの尾の断面を見る職人さんの姿が映りました。その瞬間、ポンとひらめいたのです。この職人さんの目利きをAI化すれば、自分でもおいしいマグロを判別できるのではないか、と。
実際に職人さんに話を聞いてみると、長年培った勘と経験によって、かなり直感的に品質判定していることがわかりました。同時に、仲買人さん自体が減少していることによって、この目利きの継承者が減っていることもわかってきたのです。
2017年にプロジェクトをスタートさせ、三崎港に行っていろいろデータを取り、プロトタイプの段階で非常に高い結果が得られました。このプロジェクトのポイントはやはりデータにあります。
さらに精度の高さを追求するために、マグロの断面を大量にもっているプレイヤーと組みたいと、総合商社の双日さんにパートナーになっていただき、2019年の夏にツナスコープが完成しました。
使い方は簡単で、カメラで断面を撮ると、数秒で品質を判定します。使えば使うほどデータが蓄積されていき、AIも成長していく仕組みです。このプロジェクトは、事業へと進化しており、焼津や三崎の工場に加えて、中国大連にある大きな工場にも導入され、目利きが可能になりました。ツナスコープで検品した最高ランクのマグロを「AIマグロ」とした、商品開発もしています。
今年は水産庁の補助事業にも採択され、ニューヨークやシンガポール、中国、カタールへの輸出も予定しているほか、日本最大級の寿司チェーンである「くら寿司」さんにもツナスコープを導入いただきました。また、コロナ禍で渡航が制限されたことでマグロのバイヤーが海外に行けない状況となりましたが、クライアントとの協議の結果、AIのみが渡航し、AIで買い付けを行うというチャレンジも行いました。
このチャレンジは、57ケ国、1,000以上のメディアで大きく取り上げていただき、売上の面でも予定数の3倍を販売し、現在もいろいろな取り組みを協議中です。ツナスコープが「AIでの遠隔買い付け」という、水産業のニューノーマルを実現することができたのではと思っています。
また、プロジェクトをやっていく中で、社会問題を解決する新たな可能性も見えてきました。資源問題です。今のマグロの取引基準は、主に重さ。そのため、質を犠牲にして大量に獲った方が、ビジネス上は有利です。その結果として、乱獲が起きてしまう。われわれは、このツナスコープを普及させていくことで、マグロの品質を明確化する基準を作っていきたいと思っています。
今、マーケティングの領域では、データは主に自社の事業や広告の効率化のために使われていることが多いと思いますが、生活者や世の中の課題を解決する方向に使っていくと、データのよりよい使い方や、新しい事業のヒントが生まれる。このプロジェクトを通じて、そんな風に考えるようになりました。
なぜ、そのデータを活用しようと思ったのか?
大島:今の2つの事例は、電通の中でも有名な事例となっていますが、ここからは2人のクリエーターがどういったところに着眼点を置いたのかという目の付け所について、データマーケティング視点からお伺いしていきます。
まず、「なぜこのデータを活用しようと思ったのか?」。普通にマーケティングをやっていると、腸内フローラのような生体データやマグロの断面をデータ化しようという発想には至らないと思いますが。
池田:ペットのプロジェクトに関わる中で「ペットのマーケットって何なのだろう?」と考えたときに、実はみんな代理購買だと気づきました。当たり前ですが、ワンちゃんが買うわけではありませんよね。つまり、買ったものをワンちゃんが満足しているかどうかわからないまま、マーケットが生まれている。そこに切り込む余地があるのではないかと考えました。
ワンちゃんと会話ができないなら、その体の声を聞いてあげることが、重要だなとコンセプトを打ち立てたのです。今は腸内フローラをメインに、いろいろ生体データの可能性を模索しています。
大島:志村さんはいかがでしょうか?
志村:先ほどの話の中でも触れたのですが、「マグロの断面を何とかしてやろう」とか「何かうまく使えないか」というところから始まってはいません。「おいしいマグロを食べたい」と自分が思ったということ、他の多くの人もそう思っているだろうという前提にもとづいていて、たまたまテレビで見た仲買人がヒントとなり、ツナスコープというアイディアに行き着きました。
世間はマグロの断面をデータとして捉えていませんでしたが、職人さんたちが何十年もかけて作ってきたもので、世の中に埋もれていた非常に重要なデータのひとつです。後世に残すべき、世界に広めるべきデータだと思ったのですね。はじめはデータでなかったものをデータにするチャレンジをした、というのが実態です。
池田:スーパーのマグロを見たときに、断面のデータから判定できる可能性は、その時点から感じていましたか?
志村:はい。電通で仕事をしていると、何かを見たときに、その背景やその先にある未来を妄想する癖がつきます。そうした日々のトレーニングによって、マグロの断面を見たときに、スーパーに並んでマグロを買った人の口に入ったときの絵が浮かんだのです。日頃から何かを見たときにそういったことを妄想して、どういう未来のヒントになるかといつも考えるようにしています。
大島:おふたりの話に共通しているのは、データを“手段のひとつ”としていること。実現したい未来や目的が最初にあって、そこに向かうときに「こういうデータが必要なんじゃないか?」という発想が生まれているように思います。さらに池田さんに質問です。さきほど、プロダクト自体もパーソナライズしていくというお話しがありましたが、そういった展開におけるキーポイントは何だと思われますか?
池田:10年~20年というロングスパンで見ると、いろいろなものがパーソナライズされたプロダクトになってくると予測していますが、重要なことは2つだと思っています。
ひとつは、自分に合っているかどうかがあやふやなカテゴリーほど、パーソナライズするとハッピーになれるのでは、ということ。健康や美容にまつわるものは感覚的で選んでいて、本当に自分に合っているかどうかはわかりづらいものです。そういったところに「あなたの最適なものはこれです」と言える価値はすごく高いので、そういうものから順番にパーソナライズプロダクトになっていくと思っています。
もうひとつは、その起点となる「何をもって最適化していくか」。今、広告の世界では購買データや閲覧データなどが非常に重要ですが、一歩引いて見てみると実はそのデータってわりとあやふやですよね。「何かを買ったから次も何か買うであろう」というのは結構、曖昧なデータだと思っています。
生体データのように、確かなデータをもとにパーソナライズしていくことが重要になるでしょう。何か志向性みたいなことで予測していくよりも、本当にあなたに合っているという価値を作っていけるかどうかは、プロダクトをパーソナライズするには非常に重要かなと感じています。
大島:志村さんにお伺いします。マグロの断面のデータ化にあたっては、職人さんたちの協力があってのことだと思いますが、データ収集で工夫したことや気をつけたことがあれば教えてください。
志村:社外からデータを集めるというのは、非常に難しいのですね。なぜなら、相手にとってデータを提供する意味がさほどないからです。「自分のビジネスのためにデータがほしい」と言っても簡単には提供してくれませんし、そもそも自分の都合だけでできているアイデアは、誰も共感してくれません。
そのデータを集めることで、産業なり社会がよい方向に向かっていくのだという共感性のある未来を共有できているかが非常に重要で、そういう未来を共有しながらデータ収集の仲間を増やしていくことが、データを集めるという点で重要だなと体感しました。
これからの「データとの向き合い方」
大島:クリエーティブディレクターの二人から伺ってきた内容を、これからの「データとの向き合い方」としてまとめます。
一つめに「目的や意義」。
冒頭にも話したことですが、様々な手段が開発され、複雑多様になってきている中で、それらを活用する目的意識については、改めて強調されるべきではないかということ。
なぜ、それを使うのでしょうか。
二つめは「開拓」。
今あるデータをダッシュボードで可視化してPDCAに役立てることに留まらず、ないものを作るという視点です。
事業をより一層ジャンプアップさせるために、クリエーティビティを発揮して新しいものを作っていく、データ化されていないものをデータ化するという開拓精神を持つこと。
三つめは「共感」。
データを買い上げ、インセンティブとしてお金やポイントを顧客に提供する、といったことよりも、拝借したデータをどんなことに活用するのか、その意義に共感してもらうことの重要性です。
四つめは「開示・共有」。
自社ビジネスにだけ注力し、自社の囲い込みだけを行っていると、ユーザーメリットは結局のところ様々なプレイヤーに分散していってしまいます。もちろん自社利益は大事なのですが、様々なパートナーにデータを開示し、共有・連携することによって、本来目指していたはずの目的や意義の達成につながっていく、ということです。
もちろん、パーミッションの問題は三つめの共感と密接に関わります。
最後に「社会」。
これまでの話の総括に近いですが、もはや単一企業で成り立つビジネスの方が少ない複雑な世の中において、様々なデータを連携し合って社会に役立てるという姿勢があることで、その結果企業にも個人にも返ってくる利益につながるのではないか、ということです。
サービス+インセンティブに対してデータを提供する、という形で、いままでは個人と企業の間でしか成り立っていなかったデータのやり取りが、このように社会課題解決という同じ目標を掲げることで、スケールがより大きくなります。
社会の課題解決のために企業として取り組む。そのために使うデータを規定し、開示してくれる個人との共感が生まれた状態。個人は当然社会に対して課題の提示をし、関与していくといった関係性です。マーケティングの未来は、こうした共存関係がより濃く強くなることが必要になってくるのではないでしょうか。
では、このような未来に向けて、企業は何ができるのか。
弊社FCCがまさにこうしたことを意識したプロフェッショナル集団であることは、
数々の事例が示す通りです。
フューチャークリエーティブセンターからみなさまへ
大島:最後にフューチャークリエーティブセンターで支援できることや、クライアントへお伝えしたいことをお話しいただきたいと思います。
池田:腸内フローラをもとにやっている「BODY CALL」は、いよいよペットだけではなく人にも展開しようという段階で、そのアライアンスパートナーを募集しています。そのため「ぜひ一緒にやりませんか」という投げかけをまずさせていただきたいと思います。腸内フローラを元にしたサプリメントやコスメ、朝食シリアルといった、パーソナライズプロダクトを作っていくようなイメージでいます。
2つ目は、今後パーソナライズされたD2Cの普及を見据えて、POCやパーソナライズしていくうえでのUX、システムづくりといった部分をサポートできますので、そういったニーズがあればお声がけください。
3つ目は、生体データのプラットフォームを「一緒に作っていきませんか?」と。生体データ単独では力を発揮しないので、手を取り合ってデータを連携させていくことで、健康や美容といった面で生活者に価値を還元できるのではないかと思っていますので、一緒にやってくださる方がいれば嬉しいです。
志村:電通の仕事というと、どうしてもマーケティング課題を解決する広告をベースに考えがちですが、ここ数年はそれでは難しい課題が増えてきたと感じています。ブランディングひとつとっても、広告だけではなくて、その企業がどんな事業をしているのか、どういう風に社会に貢献しているのかといった点から、事業レベルのレイヤーでのアクションが重要な時代になってきていると思いますね。
僕がこれからやっていきたいのは、「そもそも領域」にもっともっと生活者視点や社会視点のアイデアを入れていくこと。クライアントのプロダクトやサービスにどんどんクリエーティビティを取り入れ、ビジネスはもちろん、世の中をよくしていく仕事ができないかなと思っています。電通の中でこれを「Seed Creativity」と定義して、新しい領域、未来の成長の飛躍可能性をジャンプアップさせる、そのシードにクリエーティビティを入れるということを行っています。
初期段階に、もっとデータ活用に対するアイデアやクリエーティビティを必要としている会社さんがいましたら、ぜひ一緒にプロジェクトを立ち上げてやりましょう。
大島:ありがとうございました。今日お話したことに少しでも共感していただき、新しい視点でこれからのマーケティングを考えるきっかけになればと思います。