こんにちは、バズ・アナリストの谷内です。
そろそろオリンピックですね。
コロナ禍で始まった「新しい日常」とSNSについての雑感シリーズ、第5回目です。
よろしかったら、お付き合いください。(前回分はこちらです)
がんばれ、ニンゲン!
(Withコロナ SNSが作り出す「新しい日常」#5)
2021年、初夏。
朝起きると、今日も大谷選手がホームランを打っている。
ニュースサイトは、彼の記事のオンパレードだ。
「大谷翔平、第〇〇号特大ホームラン!」
「二刀流では、100年以上ぶりの快挙!」
「弾丸速度、180kmオーバー!」
「まるでマンガの主人公だ!」
ついついホームラン動画を再生するのが、今では私のモーニングルーティンになっている。
でもなぜだろう、彼の活躍がこんなにも嬉しいのは?
同じ日本人だから、というのも違う気がする。
自分のことでもないのに、特段スポーツ好きでもないのに、野球好きでもないのに、彼の活躍ぶりを見ていると「ああ、ありがたいなぁ」と感じてしまう――。
そのわけを私は、彼が「里山の開拓者」だからだと思っている。
里山というのは人が分け入って整えた場所だ。「こんなところまでは人が往来できるわけがない」というような山間にまで、誰かがあきらめずに手を入れ磨きつづけた。
だが出来上がった里山を眺めた人は、たぶん一瞬で直感できてしまう。「なんて途方もない労力が払われて、ここは拓かれたんだ!」と。
大谷選手は、大リーグの中に「二刀流」という前人未到の里山を切り拓いている。
前人に踏みならされた領域ではない。「現代ベースボールでは無理」と思われていた辺境に彼は挑み、結果を出し続けている。そこが普通の記録更新と違う。
だからだろうか、彼の活躍には、不思議と嫉妬の気持ちも湧きにくい。
たいていの人類は、彼のように打ったり投げたりできない。そもそも二刀流はおろか、大リーガーに入る前にプロ野球選手にもなれなかったし、甲子園出場も、レギュラー入りも、ベンチ入りさえ難しかった。
でも彼は、そのすべてを成し遂げて、そこへ至っている。
「大リーガーなのに二刀流」――そんな現生人類、いないんですけど。
自分と較べられるものがあってこそ、嫉妬も可能なのだろう。
俳優だった津川雅彦さんがあるテレビ番組に出演した際、こんな趣旨のことを言っていた。
芸能界とは、嫉妬(しっと)産業なんだ――
10年程前の対談番組だった。細かい言い回しまでは覚えていないが、津川さんが「芸能界は嫉妬産業」と呼んでいたことはこちらの書籍にも残されている。
ライバルや後輩が賞を獲る、主役に抜擢される、スターになる。「なのに自分は…」と悔しく情けなく思う。だからお互い嫉妬しまくって、それがエネルギーになってがんばれるのが芸能界という場所なんだ、という趣旨だったと記憶する。
私にはとても意外だった。
だって津川さんは「生まれついてのイケメン」で「押しも押されぬ演技派の大御所」ぐらいに思っていた。嫉妬なんて「される側」でしかない気がしていた。
そんな彼さえも嫉妬に悩まされたのが、「ザ・芸能界」だとすると――
イケメンどうしの嫉妬
演技派どうしの嫉妬
歌ウマどうしの嫉妬
名司会者どうしの嫉妬
名コメンテーターどうしの嫉妬
ナイスバディどうしの嫉妬
ありとあらゆる才能が集まったのが芸能界。たしかにそこは嫉妬の海で、生き抜くためには、気が遠くなるほどのバイタリティが必要なのだろう。
でも、そんな嫉妬に研鑽されたから、日本の映画・テレビ番組コンテンツ等は今見返しても、キラキラがあふれていたのだと思う。もちろん、今も。
一方、ネット・SNSの世界にも嫉妬はあふれている。
たとえば「リア充」という言葉をおぼえているだろうか?
ネットに引きこもっているような陰キャではなく、ちゃんとリアル生活が充実していて、ちゃんと恋人がいて、その恋人とのラブラブさをSNS上で自慢する人への嫉妬用語だった。「リア充爆発しろ!」などのように使われた。嫉妬というより、呪いに近い言葉だったかもしれない。
他にもネット・SNS上には、
高ビジュアルな人に嫉妬する語彙 :イケメン、フツメン、ブサメン…
高学歴・高収入な人に嫉妬する語彙 :勝ち組、負け組、セレブ民…
高コミュニケーション力に嫉妬する語彙 :陽キャ、パリピ、自宅警備員…
等、いろいろな彼我比較や嫉妬用語に満ちている。
実は私は、そんな言葉を目にするたびに、先ほどの津川さんの言葉を思い返してきた。
嫉妬しまくって、「なのに自分は…」って思うから、競い合ってがんばるのが芸能界。
ネットにあふれる毒舌も、その嫉妬をエネルギーに変えてがんばりあえるなら、私たちはもっとキラキラに出会えるはず。
キラキラと嫉妬は、たぶん「あざなえる縄のごとし」の関係だ。
でも、嫉妬で苦しまずに済むにはどうすればいいのだろう?
と思っていたら、こんな記事をたまたま読んだ。
2019年の「M-1グランプリ」で優勝したミルクボーイ内海さんのインタビュー記事だ。
「昔は売れてる後輩をテレビで見て、イヤやなと思うこともありましたけど、
自分が本気で努力してからは、そういう気持ちは一切出てこなくなりました。」
2010年に一度M-1が終了した際、彼らは目標を失ってしまったらしい。漫才から遠ざかっていた数年間は、不甲斐ない気持ちや嫉妬にも苦しんでいたようだ。
ところが、自分たちが再度M-1に挑戦することを決意し、がんばり始めたらスーッと嫉妬の思いは消えていった。代わりに沸いてきたのは、同じようにがんばる仲間たちへの「がんばれ!」という思いだった。
嫉妬が強いのと、「負けん気」が強いのとは、似ているようで何かが違うのだろう。
さぁ、オリンピックが始まる。
私たちは嫉妬深くって、普段は、まわりの人の成功を素直に喜べないことも多い。
だが、競技は雄弁で、選手たち個々が切り開いてきた領域を見せつけてくれる。
ニンゲンが「そこまで行けるのか!」というキラキラと嫉妬を私たちに与えて欲しい。
がんばれ、ニンゲン!
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