INDEX
電通ダイバーシティ・ラボが2020年1月に発表した「ハンブルリーダー養成講座」。ハンブルは「humble=謙虚な」の意味で、ハンブルリーダーとは部下の声に耳を傾けて、自らの弱さも話すことで、信頼性や生産性の高いチームを目指すリーダーを指します。従来の強いリーダー像とは一線を画す、新しい時代のリーダー像です。
ここでは、電通社員として日々の業務をこなしながら、ハンブルリーダー養成講座の運営に携わる3人にインタビュー。現代の多くの会社に共通する課題と向き合う中で得た、三者三様の「ハンブルリーダーの考え方に通ずる気づき」を紹介します。
年下リーダーが率いるチームがすごいことに
PROFILE
いま、「管理職研修の効果をあまり感じられない」とか「研修に対する社員のモチベーションが低い」といった課題を感じている会社が少なくありません。その要因はどこにあると思いますか。
アイ:私が自社の社員育成の業務に12年ほど携わってきた中で感じるのが、そもそも管理職の仕事が大変すぎるということです。
自分がこれまで評価されてきたプレーヤーとしての仕事を、管理職になってもやり続けなくてはいけない、という意識がある。プレーヤーとして一流であり続けるべきだし、そうじゃないと部下がついてこないと。まあ、これは思い込みでもあるかもしれませんが…。
かたや部下の指導や勤怠管理、モチベーション管理など、管理職としての仕事が山ほどある。時には、部下が積み残した仕事も引き取らなければいけない。正直これではキツイよな、と思ってしまいます。
もう1つは、研修そのものの問題です。
どんな問題でしょう?
アイ:それは、自分なりの管理職やリーダーとしてのスタイルを作るための準備研修がないまま管理職になってしまうということです。他社の人事の方とも話をする機会がありますが、よくあるのは始めの何年かは必須研修があるけど、ある時期からそれがパタッとなくなる。次に受けるのは、管理職になって初めて受ける管理職必須研修というようになっている。もちろん自由参加の研修も開催されるけど、目の前の仕事に手一杯でなかなか参加できない。だから、いきなり管理職になれといわれても、それまでに管理職についての蓄積がほとんどできておらず、いざ管理職になってもうまくいかない。そんな現実です。
また研修の内容に関しても、リーダーとはかくあるべきといったステレオタイプのものが少なくなく、リーダー像のバリエーションも少ないため、自分にフィットした管理職のスタイルを見つけるのが難しいのではないでしょうか。
リーダーが自分の落ち度を認めるメリット
こうした状況の中でいい管理職を育てるには、何が必要なのでしょうか。
アイ:私が入社13~14年目くらいの時に在籍したチームで、こんなことがありました。前提として、私のこれまでの常識では、年功序列でチームリーダーは年次が高いものがなるものだと思い込んでいました。私は産休・育休明けでチームに参加したのですが、その時のチームリーダーは、入社5年目で私よりだいぶ年の若い社員でした。ある日そんな彼に私が「業務に関するオリエンをしてくれる?」と頼んだところ、こう返ってきました。
「アイさん、クラウドに挙げた資料、全部読みましたか。そのうえでの質問でしょうか?」
かなり衝撃を受けました。ところがそんなリーダーと一緒に働き出して3年目、そのチームが、涙が出るほどいいチームになったのです。
具体的に何が変わったのでしょう?
アイ:チームは永遠ではないので、形が変わっていきます。ある時、リーダーがチーム内の誰よりも仕事を頼んでいた社員が2人が異動になりました。それで彼も、もう私たちを使うしかないなという覚悟ができたようです。
そうしていつからか、彼はこう言うようになりました。「わからないことがあれば、いつでも聞いてくださいね。何度でも説明しますので」と。
それはものすごい変化ですね。
アイ:しかもそう言われると、こちらもできることを全てやった後に、「ごめん、もう一度教えて」と言うようになります。委縮することなく質問できるので、一人で停滞している時間が無くなり仕事がスムーズに進むようになりました。
その流れを繰り返していったことで、どんどんチームが機能するようになっていきました。それが成果としてもあらわれるようになり、3年目にはチームで手掛けた研修が、とても高い評価を受けました。
3年目のある時、リーダーはこんなふうにも言いました。「本来は僕がみなさんにオリエンしなければいけないのに、それを段取ることができなかったのは、自分の落ち度です」。そういう言葉を聞いて初めて、彼は「リーダーはこうでなくてはいけない」とすごくがんばっていて、それで余裕がなかったんだな。だからあのような言動になっていたんだな、というのがだんだんわかってきたのです。リーダーがこんなふうに自分の抱えている事情を打ち明けることができ、メンバーも自分のことをきちんと話せる環境ができると、チームってものすごい力を発揮するのだなと実感したできごとでした。
やれることをやったうえで相手に頼る
リーダーが弱みをさらけ出せるとか、メンバーが何でも安心して話せるというのは、まさにハンブルリーダーシップの考え方と重なります。こうした経験をふまえ、アイさんがいま大切にしていることは?
アイ:いま私は新人研修を運営するチームでリーダーをしていますが、私もチームメンバーに「オリエンしてください」と言われます(笑)。 手一杯で大変な時も多いですが、やっぱりあの時の経験があるので必ず行うようにしています。オリエンシートを全部埋めて、「なぐり書きでごめんね。私が今できるのはこれが精一杯なんだ。でも何かわからないことがあったら、何回聞いてもらってもいいからね」と。
そんなふうに、こちらができることを最大限やったうえで、「こういうところが足りないかもしれないから、ここを助けてくれると助かるな」と協力を求めながらチーム作りをしています。リーダーにハンブルさがあることはもちろん大切ですが、メンバーのハンブルさにリーダーは救われているなと感じますね。
アイさんにとって、ハンブルリーダーシップとは?
アイ:自分は自分でしかないということですね。自分を大きく見せることはできないと思うので。
でも、自分が気概を持ってやっていることが伝わると、みんな意外と助けてくれる。むしろ助けてくれない人はいない。今の自分にも出来そうなリーダーシップの形だなと可能性を感じています。だからこそ、「今の自分は、ハンブルでいられているか?」ということを今後も問い続けたいと思います。
ハンブルで若手の“やる気問題”を解決する
PROFILE
約1年前に海外事業部からクリエーティブ部署に異動されたそうですが、異動先で何か戸惑いはありましたか。
あかね:クリエーティブ職は初めてのことで全くの素人だったので、いろいろ聞きたかったのですが、どこまで聞いていいのかわからなくて戸惑いました。海外事業部はものすごくフラットな環境で、かつ色々な国籍の人もいたのでわからないことを一つ一つ解決していく感じでしたが、同じバックグラウンドを持つことが普通の部署に来たので、暗黙知的な部分が多いと感じます。
その後、それは改善されましたか。
あかね:暗黙知的な部分は、私もそのバックグランドを少しずつ理解することで解決できてきたように思います。あとは、日常的にコミュニケーションを取る機会が増えてきたことでやはりたくさん質問もしやすくなりました。
どんなモチベーションで仕事をしていますか。
あかね:クリエーティブ部署を希望して異動してきたので、一貫してモチベーションはあります。もともと興味のある案件や分野だとモチベーションが大きく上がる性格なのですが、たとえあまり興味のない案件であっても、この分野と組み合わせたら面白いなというのを見つけたりして、やる気をぐっと上げています。あとは、お世話になった先輩からの案件だと、「期待を上回るものを出そう」とモチベーションが上がりますね。やはり、人と人との繋がりはモチベーションの大きな要因の一つになると思います。
ハンブルリーダーシップのプロジェクトにはどんな思いで携わっていますか。
あかね:もともとリーダーシップ論自体にすごく興味があったわけではありませんが、前の部署でバーチャルリーダーシップ(異なる国や地域にメンバーがいる、リモートチームにおけるリーダー論)に関するオンライン研修を1年間受けて、とても興味深かったのでこちらの描く新しいリーダー像にも関心を持ちました。また熊谷先生の当事者研究(※)には以前より興味があり、それを応用した形で仕事として関われることにはとてもやりがいを感じています。
※ハンブルリーダー養成講座は、東大先端研 熊谷晋一郎准教授による「当事者研究」の考え方をベースにしている。
若手のモチベーションは「自己効力感」で上がる
あかね:ハンブルリーダー養成講座の運営としてお声がけいただいた時は、「5年目の私がなぜリーダー研修の運営を?」とも思いました。でもよく考えたら、自分にも関係のある話だなと感じたのです。というのも私はそれまで仕事をする中で、上の人の言うことに従うだけでなく、相互に歩み寄って補い合うことでいいチームになるというのを実感していました。
それはハンブルと重なる考え方だし、それならば若い人にもハンブルの考え方を知ってもらった方が絶対にいいだろう。だとすると、若手だからできるアプローチもあるのではないか。そんなふうに思いました。
いま、若手のモチベーションが上がらないという課題を抱える会社が少なくありません。新卒社員の4割近くが3年以内に離職しているという調査もあります*。若手のモチベーションについてはどう思いますか。
あかね:私の周りにも転職したいと言っている同世代の人たちがたくさんいますが、私はやる気を大きく左右するのは「自己効力感」みたいなものだと感じています。自分が能動的に何かをして、チームに多少なりとも貢献できている感覚を持てれば、おそらく「つまらないから転職したい」とはならないだろうなと。
たとえば自分から提案した案が採用されたとか、採用されなくても「いいセン突いているから、もう一回考えてみて」と言われたら、やっぱり自分も貢献できていると感じますよね。反対に、頼まれたことをこなすだけでは、ただ雑用をしているだけという感覚になってしまいます。そう考えると、自分から積極的に何か行動して、それを受け入れられたという感覚が、「やる気」に繋がっていくのだろうなと思います。
※出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(平成28年3月卒業者の状況)」
産経新聞「3年以内離職率は3割以上に推移している!?…」
チーム作りのカギはリーダーによる「傾聴」
そのためにはリーダーは何をすればいいでしょう?
あかね:それこそハンブルリーダーシップでいうところの「傾聴」が大切なのかなと。おそらくやる気が上がらないという人は、もともとはやる気がある人ですよね。やりたいことや出したい何かがあるからこそ、それをうまく表現することができないために、「モチベーションが上がらない」という状態になっている。だからリーダーがきちんと耳を傾けてくれるだけで、意外とやる気は上がりやすいのかなと思います。
逆に意見を聞かれたのにそれが全く反映されないというのは、モチベーションをすごく奪うことだと思います。もちろん反映されない理由が何かあればいいのですが、意見を聞かれたこと自体がなかったことになっているというのは、ハンブルから最も遠いことですよね。「じゃあ、なんでそもそも聞いたんだ」ともなります。だからこそ傾聴してくれることが、若手にとっては一番のモチベーションになるのかなと思います。
しかも今の若い世代こそ、そういうハンブルなリーダーを好むと思うんです。それだけに、若手や非リーダーの人にも興味を持てるような形で、ハンブルリーダーシップを発信していけたらいいなと思っています。
それぞれの課題と向き合う中で浮き彫りになった、ハンブルリーダーシップの現代社会への親和性。後編では、さらにもう一編のインタビューを紹介します。いま多くの会社が直面する“管理職問題”を通し、ハンブルリーダーシップの有用性に迫ります。
※当記事は6月15日時点の情報を元に記事を執筆しております。