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      個と、謙虚さと、信頼と。 ~ゆるやかな依存が、組織と社会を強くする~

      米国ギャラップ社が行った「エンゲージメント・サーベイ」によると、日本企業における「熱意ある社員」の割合は調査した139か国中132位(※1)。こうしたやる気の落ち込みを背景に、今、多くの企業では組織の在り方に対する模索が続いています。さらにコロナショックやBlack Lives Matterの運動などを通じ、誰もがダイバーシティや連帯について考え直さざるを得ない時代。これから私たちは、どういった態度や視点を持って未来の組織を創っていけばいいのでしょうか。「ハンブルリーダー養成講座」の推進に取り組む当事者研究(※2)の熊谷晋一郎先生と電通ダイバーシティ・ラボの伊藤代表が、たっぷり2時間語り合います。
      ※1 出典:GALLUP ”State of the Global Workplace 2017”
      ※2 出典:「当事者研究」とは、障害や病気を持った本人が、仲間の力を借りながら、症状や日常生活上の苦労など、自らの困りごとについて研究するユニークな実践のこと。統合失調症を持つ人々の間で行われ始め、徐々に、依存症や脳性まひ、発達障害など、様々な困りごとを持つ人々の間に広まった。

      (編集注:記事本文中の「障害」については、国の法令などの文言に基づき「障害」と漢字で表記しています)

      PROFILE

       
       

      自立と依存の間で、私たちは行き詰っている?

      伊藤:電通では2011年に「電通ダイバーシティ・ラボ」を立ち上げ、障害・ジェンダー・多文化・ジェネレーションの4つから多様性を考えていこうと活動を続けています。僕はその立ち上げから参加し、クライアント企業に対して企業の課題と社会課題を同時に解決するためのさまざまな提案を行ってきました。でも正直に言うと、大変な苦労も多くて。というのも、多様性の話をしても「それは女性活躍の話でしょ」「障害者雇用なら別の部署でやってるんじゃないかなあ」と言われてしまい、多様性の理解が非常に狭い話になっているんです。加えて企業の多くは「みんなが欲しいものを作れば売れる」という古い認識を持っているので、少数派に向けたことをしても儲からないと思われています。

      でも、今はもうそんな時代ではないんですよね。とにかくバンバン作ればモノが売れるわけではないし、2000年に世界2位だった日本の一人当たりのGDPは26位(2018年)まで落ち、多くの人が生産性や働く意欲を失っている。みんなダイバーシティがその鍵かな、と薄々感じながら何をどうやっていいか悩んでいる。こうした現状に、僕個人はかなり問題意識を抱いています。

      熊谷:冒頭から少し長い話になってしまうのですが、今のお話について歴史的な背景を遡ると、近代が描いてきたシナリオに深く関係していると思います。近代というのは、自分の生き方やライフスタイルを神や宗教に頼らず自分で決める“インディペンデントな個人”が人間の理想になったことからスタートします。最初にそれが適用されたのは健康な白人男性でしたが、当事者運動が活発に展開されるなかで、女性やエスニックマイノリティ、そして障害者にも適応されていきました。大まかに言えば、この近代の普遍化という方向性の延長線上に、伊藤さんが目指されているようなダイバーシティやインクルーシブな社会実現の必然性があると言えます。

      ただ、近代との関連で見たときに、当事者活動にはもう一つ別の流れがあり、それが「依存症自助グループ」です。インディペンデントであることを理想とした結果、近代は「依存してはならない」という命令を人間に下しました。依存する人は病気だ、意志が弱いんだと言って、そうした人間を抑圧する社会構造を生んだわけです。でも「dependent」の語源を遡ると、実は近代以前の世界ではむしろ人間社会の美徳、素晴らしさを表す言葉だったんですね。

      伊藤:なるほど、先生が以前「依存しないで生きられる人はいない」とおっしゃっていたのを思い出しました。

      熊谷:ええ。そもそも人間は非常に弱い生き物で、「依存しないと生きられない」という大前提があります。近代の社会でそこそこ上手く生きている人たちは、こっそり身近な他者に、非公式に依存しているものなんです。でももし、身近な他者に依存できないとしたらどうでしょうか? 暴力などのつらい経験をしたり、自分が所属する地域社会から差別を受ける中で、誰にも頼ることができず行き詰ってしまう。すると、消去法で別の何かに依存するほかなくなります。それはだいたい次の3つで、アルコールや薬物などの①「身近な物質」、②「自分自身」、そして、目上のカリスマや、自分の言うことを聞く弱い立場の他者、すなわち③「上下関係のある他者」です。

      伊藤:上手に依存できない人が依存症になる、ということですね。

      熊谷:身近で対等な他者に依存できない人が依存症になるということですね。実は私も、学生の頃まではたくさんの方に頼りながらなんとか生きていける自信を持っていたのですが、研修医になって小児科の仕事をし始めたらそうはいかなくなってしまった経験があります。小児科の研修医が出勤して最初にやる仕事は、担当する赤ちゃんやお子さんの採血なのですが、私は手が不自由なので教科書通りにやろうとしてもどうしても上手くいきません。研修医というだけでアウェイ感があるのに、それが障害のある研修医とくればなおさら親御さんや指導医の視線は厳しくなる。「もっと立派にならないと、ちゃんとできるようにならないと」と猛烈に練習するのですが、プレッシャーに追い詰められる一方。当時は全身にカビが生えるほど免疫力が落ちてしまいました。何とかしようと得体の知れない怪しげな器具を自作してドン引きされるなど、とにかくやることすべてが裏目に出て。完全に自分依存、物質依存の状態になっていたのです。無理をしない等身大の自分や、自分の限界値がわからない、あるいは認められない状態ですね。

      伊藤:そうした依存症のお話を聞いて、依存先が集中しないようバランスを取ることと多様性の問題は、実はすごく相関があるのではと思いました。自分のアイデンティティを確立するためにはやはり他者の視点が欠かせなくて、その視点をたくさん持っているとか、他者と自分の関係性を客観的に見られるといったことがすごく重要になる気がしています。

      熊谷:ある障害者の先輩は私に、「介助者は30人以上作れ」と言いました。介助者が一人しかいなければ、その介助者に暴力を振るわれても泣き寝入りするしかありません。つまり、他者の介助なしには生きられない私たちが、弱いままでも、尊厳ある暮らしを保障されるためには、まず依存先を広げる必要がある。さらに、依存先を広げるためには、他者の視点から話を互いに聞き合うことによって、弱さを抱えた等身大の自分を発見し、周囲と共有することが必要なのです。私が専門にしている「当事者研究」は、まさにこの「私/あなたを知る研究」です。

      先の見えない今だからこそ、それぞれの「限界」を理解し合える組織へ

      伊藤:これまでの依存の話を念頭に置きつつ、ここからは今日のメインテーマである組織やリーダーの話に移っていきたいと思います。多様性を持ってゆるやかに依存し合える組織を考えるにあたっては、「高信頼性組織研究」が大いに参考になるのですが、読者の方々に先生から簡単にご説明いただいてもよろしいですか。

      熊谷:はい。ただ私もこれが専門というわけではないので、もし間違っている部分があればぜひこれを読んでいる方に教えを請いたいのですが、私の理解している範囲でお話させていただきますね。

      高信頼性組織研究とは、1980年頃にアメリカのカリフォルニア大学バークレー校を中心に始まった研究領域で、大きな失敗が絶対に許されない組織についての研究です。例えば原子力潜水艦や、私が研修医で働いていた医療現場、空港の管制塔などが該当しますね。こうした組織では、閾値を超えた一人の失敗が組織全員の命を危うくするような失敗につながります。こうした組織で一体どのようにマネジメントを洗練させてきたのかを調べたところ、面白い逆説がわかったのです。つまり「組織として失敗が閾値を超えないためには、個人の失敗は許容しなければならない」と。組織レベルと個人レベルで、失敗の評価が逆なのですね。

      なぜそうなるのか。失敗が起きたとき、犯人探しによって責任を個人に帰属させると、人は失敗を隠ぺいするようになるからです。でも組織にとって失敗は、成長のための唯一のデータ。失敗の責任を個人に帰属し、時にはその個人を排除することで解決したとみなし、組織が自身のアップデートをしないようでは、トカゲのしっぽ切りをしたところでさらに大きな失敗が早晩発生します。もちろん失敗を報告するだけではダメで、迅速に組織の学習につなげていくことが重要です。そして学習は常に連帯責任なんですね。失敗した人だけのタスクではなく、組織のアップデートに関して、人数分の1の責任が全員に発生する。高信頼性組織を非常にミニマムに解説すると、こんなところでしょうか。

      伊藤:ありがとうございます。僕がこの話で特に面白いと思うのは、そうした組織のリーダーは能力の高い万能な人じゃないかと思ってしまうけど、実はむしろ逆だったという事実です。これまで良しとされてきた強いリーダーのイメージからはかけ離れていますが、自分の弱さをさらけ出し、僕これができないんだよねと部下に言えることが大切で。

      熊谷:リーダー自身が自己の有限性を理解し、等身大の自分をわかっているからこそ、脅かされずに適切な依存ができる状態ですね。

      伊藤:一人ひとりがそうであるように、リーダーもまた自分の限界を認めることが必要なんだな、と。モノが売れない、人口が減っている、コロナが起こった……こんな時代において何をどうしていけばいいのか、誰も答えを持っていません。だからこそ、メンバーそれぞれの能力を尊重し、掛け合わせることで答えを導き出していくしかない。有限性を理解し、ネットワークを構築することができる人が、おそらく良いリーダーになっていくのだろうと思います。

      熊谷:メンバーそれぞれの等身大の多様性と人権を尊重するために、互いを深く知り合い、メンバーすべてが依存先を縦横に広げていくこと。その過程の推進が、リーダーには必要なんですよね。私にとって大変興味深いのは、企業や組織研究から導き出されたこの考えと、それとはまったく別の文脈から生まれた当事者研究という手法が、ある側面ですごく一致していたことです。これは本当に目から鱗でした。

      謙虚であるとは、つまりどういうことなのか

      伊藤:今お話にあがったようなリーダー像こそ、我々と先生で取り組んでいる「ハンブルリーダーシップ」の目指す姿。日本語では「謙虚なリーダー」とも言われますが、先生がおっしゃったように、当事者研究から学ぶことがとてもたくさんあります。

      熊谷:組織研究における「謙虚」という言葉は普段私たちが使うニュアンスとは少し異なり、3つの要素によって明確に定義されています。1つ目は、他者の視点を通じて等身大で正確な自己を発見できること。端的に言ってこの要素は、冒頭にお話した当事者研究そのものと言って差し支えないと思います。2つ目は、自分以外の人の強みを脅かされずに認める態度。よく謙虚さはへりくだることだと思われがちですが、そうではなく自分にはない相手の強みを承認することです。同じことをブックデザイナーの祖父江慎さんが「うっとり力」と呼んでいましたが、私もその言葉が大好きです。そして3つ目がティーチアビリティ。ついつい教えたくなる佇まいを持っている、という意味ですね。これらが、謙虚なリーダーの3つの要素です。

      伊藤:もちろんリーダーだけでなく、すべての人に適応される概念ですね。

      熊谷:はい。そして一連の研究から、リーダーが謙虚になると組織には6つの良いことがもたらされることも分かっています。それが、「学習志向性」「エンゲージメント」「仕事満足度」「離職率低下」「心理的安全性」「クリエーティビティ」の6つ。中でも5つ目にあげた「心理的安全性」は、Googleが行った研究「プロジェクト・アリストテレス」でもチームのパフォーマンスを上げる要因として注目されてきたものです。謙虚なリーダーという考え方が出てきたことで、ならばリーダーシップ教育で心理的安全性を高められるのではないかという希望が見えてきているわけです。

      伊藤:ちなみに謙虚さを獲得するためには、心のバリアフリーを実現させていくことも重要かと思います。他者との間の断絶やバリアを外していくこと。例えば「障害によってできない」という状態と、「苦手だけどなんとかできる」という状態と、「できる」、「けっこう上手にできる」という状態って、実は同じ一つの線上にあるもの。程度問題でしかないのに、私たちはつい、まったく異なるものだと断絶して考えてしまいます。

      ちょうど先日こんなこともありました。我々ダイバーシティ・ラボで「心のバリアフリー」というセミナーを開催しているのですが、そこで難聴の社員の困っていることを聞くというセッションがあったんです。「会議で気の利いたアイデアをパッと出す人が評価されるけど、自分は突然口頭で伝えられても反応できない。アイデアは出せるのだから必要なことは事前に紙で知らせてほしい」とか、「みんなは部長の雑談を盗み聞きして反応をうかがうけれど、それができない自分は空気が読めないと言われる」とか。そこでハッと気づいたんです。これは自分にも起こり得るな、と。たまたまオフィスにいなくて情報を聞き漏らしたとか、ちょっとしたことで同じ状況に陥るんだ……と。こうした他者への気づきもまた、謙虚な態度につながっていくのだと思います。

      カテゴリーから脱し、個に立ち戻ろう。信頼と連帯はそこから生まれる

      熊谷:伊藤さんが話された心のバリアフリーを考えるには、「スティグマ」というキーワードを補助線に入れると良いかもしれません。スティグマとは「特定の属性に対するネガティブな認知、感情、態度、行動」と言えます。個人ではなく、カテゴリー思考に基づいていることがポイントです。例えば「熊谷さん」として私のことを見るのではなく、「障害者」というカテゴリーの一例(=ステレオタイプ)として私を認知する。そして「障害者だから苦手」といった感情(=偏見)を抱き、さらに、「だから一緒に働きたくない」と遠ざける行動(=差別)をする。このステレオタイプ・偏見・差別からなるスティグマを何とかするために世の中ではさまざまな戦略が提案されているわけですが、共通して言えるのは他者の認識をきちんと「個」に戻すこと。カテゴリーではなく、わたしやあなたという個人を知ることが必要なのです。

      それで、先ほどの伊藤さんの話にすごく共鳴した部分があったのですが、個に戻るって決してバラバラになるということではないんですよね。カテゴリーで他者のことを分かったつもりになって思考停止しているほうがよっぽど分断されてしまい、個まで戻ればむしろ普遍性が抽出され、不思議と共感や連帯感が生まれることが少なくない。ここが、うまくいっている当事者研究のすごく面白いところです。「個」というとバラバラなイメージを持つ方が多いと思うのですがぜひ補足しておきたくて。

      伊藤:カテゴライズって結局、ラクだからやってしまうもの。もし自分が勝手にカテゴライズされたらすごく嫌だよねっていう単純な話のはずなのに、個と対峙するのは時間がかかるしエネルギーもいるしと言い訳をする人がとても多い。だから先生と行う「ハンブルリーダー養成講座」では、どうしたら個に立ち戻れるかという方法を伝えていきたいですね。

      熊谷:その通りです。私たちは本当に時間や労力を言い訳にしてしまうし、実際に最初の変革にはエネルギーが必要です。でも、最初に時間をかけて相互理解を深めたほうが後々スムーズになることは多いでしょう。高信頼性組織の「高信頼性」とは組織自体が信頼されるという意味だけでなく、メンバー同士の深い信頼という意味もあります。ですからそこに時間を割くことは、長い目で見れば非常にメリットが大きいと言えるのではないでしょうか。
      同時に最近は残念なことに、障害者支援の現場で、組織全体のアップデートにつなげずに当事者研究を行うことで組織に適応するようメンバーを際限なく自己反省させるような、間違った活用例が散見され始めています。この講座は、企業だけでなく、そういった障害者支援の現場にも勧めたいと思います。

      <ハンブルリーダー養成講座について>
      対談でも触れられている「ハンブルリーダー養成講座」は、国立大学法人東京大学先端科学技術研究センター、電通ダイバーシティ・ラボ、一般社団法人日本エンゲージメント協会が共同で推進する、多様性を受容して失敗から学び成長する組織づくりのプログラムです。興味を持たれた方はぜひこちらもご覧ください。

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